イエスタデイ

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誰もが産まれた時からしっかりしている訳では無い。周りや家庭の環境は残酷な程に人の性格や人格までもを変える。 【七瀬の過去】 「七瀬ー!放課後遊べる?」 「うん!家帰ったらグラウンドに行く!」 「七瀬も来るなら俺らも行っていい?」 「せっかくなら皆で遊ぼうぜ!」 今の自分からは想像も出来ないが、元々ハキハキとした性格で天真爛漫で明るく、クラスの中心に立つような人気者だった。 毎日クラスメイトである友人と、サッカーや野球等で遊ぶ何処にでもいるただの小学生。 家族構成は両親と自分の三人家族。子宝にあまり恵まれなかったという両親にとって、七瀬はまさしく宝のような存在だった。 父親はサラリーマン、母親は専業主婦。ごくごく普通の一般家庭で愛されて育っていた。 父親は休みの度にレジャースポットに連れていってくれた。母親は夕飯に七瀬の好物ばかり作り、美味しいと喜んでおかわりをする姿を愛おしそうに見つめていた。 そんな両親を喜ばせようと、七瀬は学校から出された宿題を一生懸命解き、テストでは毎回百点を目指して勉強していた。 「お母さん!今日の国語のテスト満点だった!」 そう言って七瀬は百点と一緒に花丸の書かれたテスト用紙を母親突き出すように渡すと、母親はテスト用紙を受け取りながら心底嬉しそうな顔をした。 「拓人は本当に凄いわね。お母さんの自慢の子よ」 そう頭を撫でられる度に、頑張って良かったと七瀬は幸福感を得るようになった。 だからこそ毎日机に向かって勉強をする。自分を愛してくれる両親を笑顔にさせたいと今までのテスト用紙を大切に保管している両親の為にと勉強をしていた。 子宝に恵まれなくても、妹や弟が出来なくても、自分が頑張れば母親も父親も幸せになれる。そう信じて勉強をし続けた。 だが、両親は徐々にそんな七瀬の努力を評価をする事が無くなり、子供が勉強をする事は当たり前だと認識するように変わっていった。 そんな両親の変化に気が付かずに、百点満点のテスト用紙の入ったファイルを母親がいつの間にか目の届かないような棚にしまっている事にも幼い七瀬は気が付かなかった。 小学五年の春のテストで七瀬は全教科満点とは行かずとも、四百点満点中、三百七十点点という高得点を叩き出した。 七瀬は早く母親に知らせたいと、走って自宅に帰りランドセルからテスト用紙を取り出し母親の前に突き出した。 「お母さん!見て!俺全教科九十点点以上だったよ!クラスで一番だった!」 いつもの様に母親はこの上なく幸せな顔をするだろうと信じ、笑顔で七瀬はテスト用紙を母親に渡した。 そして頭を撫でて貰えると確信し、母親が自分を撫でやすいように少し頭を下に下げて期待しながら母親からの愛情を待っていた。 だが、七瀬の頭が撫でられる事は無かったのだ。頭を撫でるどころか大きく溜め息をついた母親に七瀬は顔を上げる。 「拓人…百点が一つも無いじゃない…」 「うん。今回のテストは難しかったから」 「今までは満点取れてたじゃない。お母さんが子供の時は凄く勉強は難しかったけど、今はゆとり教育でテストは簡単になってるのよ?」 「お母さん……?」 「でも、拓人なら次は満点取れるわよね!お母さんまた百点満点のテスト用紙が見たいわ」 満面の笑顔でそう言った母親に対して、若干の違和感は覚えたがその時の七瀬は次は頑張ろうと思っていた。 毎日机に向かい、教科書と学校の課題を何度も見ては満点を目指す日々。 その成果もあってか、次のテストでは百点満点を取ることが出来た。仕事が早く終わりビールを飲んでいる父親と、料理をしている母親の前にテスト用紙を突き出す。 「お父さん、お母さん!満点だったよ!」 「そっか。頑張ったな」 「拓人、その調子でこれからも頑張るのよ?」 え?それだけ? あんなに頑張ったのに? そう思い唖然とする七瀬の前に、丁度いいと両親は揃って手招きをしパンフレットを七瀬に手渡した。 『附属中学校受験の案内』というパンフレットを両親は戸惑う七瀬に押し付けるように持たせたのだ。 「今の時代いい学校に進学しなきゃ、仕事も難しい。拓人、この学校を受験して他の生徒に差を付けるんだ」 「拓人なら塾も家庭教師も必要無いわよね?今までも一人で満点を取っていたんだもの。過去問を本屋さんで買ってきたから、それを見ながら頑張りなさい。」 中学受験。 附属中学。 あまり良く分からないがレベルの高い事を両親が求めて居ることが分かった。 パンフレットと一緒に分厚い過去問を渡され、部屋に行き一人その冊子を開いて見てみて絶句した。 これは、レベルが高すぎる。学校のテストとはまるで別物だ。一応解いてみようとしたが、余りのレベルの高さに問題文すら理解する事が出来なかった。 これは自分には無理だ。そう察して両親には悪いが、初めて自分の本音を言おうと七瀬は思った。だが、学校に行き集まってきたクラスメイトが口を開く。 「七瀬中学受験するってほんと!?」 「七瀬は頭良いから合格するのが決まったようなもんだって七瀬のお母さん言ってたよ!」 自分の本音を言う前に、両親はもう行動を取っていた。大きな声で自分を囲うクラスメイト達、誰にどう言ったのかは分からないが自分の意思とは関係なく受験を言いふらした母親。 あっという間に七瀬の中学受験の話は広まり、七瀬の普通に中学に進んで学校に通いたいという本音は、誰にも知られる事は無かった。 もうこうなったら必死に勉強するしかない。机に向かい、何度も同じ過去問を解いたが、何度勉強しても無理な物は無理だった。 自分は絶対に落ちる。勉強する度にそう痛感した。だが中学受験というレベルの高い勉強をしていたからか、学校のテストの点数は良かった。 その為か、両親は七瀬の意思とは関係なく更に行動に移す。 「拓人、貴方が中学に通いやすいように一軒家を買ったわよ」 「……え?」 「高校もエスカレーターで行ける所だ。お前は学校にいるようなレベルの低い人間じゃない。合格して、いい大学に入学してくれ。父さんと母さんの為にもなる」 ビールを飲みながら、命令するように言う父親。 レベルが高いのは当たり前だと思っている母親。 最初は両親を喜ばせたいと始めた勉強が、自分自身を追い詰める事になるなんて七瀬は考えても居なかった。 せめて塾や家庭教師を付けて欲しいと強請ったが、家を買ったからそんなお金は無いと一刀両断された。使うべき所で使わず、勝手に購入した新しい家。そんな環境で育っていては中学受験に成功する訳がない。 小六の冬。届いた封筒に書かれていた『七瀬拓人不合格』の知らせに両親は七瀬を怒鳴り散らかした。 「拓人!貴方何をしてたの!!折角家を買ったのに台無しじゃない!」 「親の期待に応えるのが子供の役目だろう!お前は父さんと母さんの息子として恥晒しも良い所だ!!」 最初こそ七瀬に対して優しかった両親だが、そんな物は確実にもう居ない。自分の息子に過度な期待を抱くように狂ってしまった両親の怒鳴り声を毎日聞いている内に、段々七瀬の考え方や性格が変わっていく。 あれだけ大っぴらに受験をすると母親が言っていた為、七瀬の不合格は学年中に広まっていた。 自分を囲むように一緒に遊び笑っていた友人達が、七瀬が中学受験を失敗したと知ってからは遠巻きに自分を見て嘲笑っていた。 「七瀬ダサくね?」 「少し頭良いからって勘違いしたんだろ」 「つーか元々七瀬の事あんまり好きじゃなかった」 「七瀬は居るだけで女子にチヤホヤされるから仲間に入れてやってたけど、もう必要ねーよな」 自分の居場所はもう何処にも無い。クラスメイトの自分への本音を知った時、明るく元気な少年であった七瀬の人格が変わった瞬間だった。 家を購入してしまった為、強制的に引っ越す事になった。受験が終わってからも勉強を続けたのは、両親の為ではなく自分の為だ。 いつか役に立つ時が来ると信じて、中学に向けての勉強をしていた。そんな七瀬を両親は評価することはない。七瀬自身も両親からの評価を期待する事も、望む事もしなかった。
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