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友人に囲まれていた空間から急に一人になると若干寂しくなる為、スマホを開くと宮野の祖母からLINEが来ていた。
家から三十分程の所にある施設に入居しているが、今の時代について行きたいと歳の割には珍しくスマホを使いこなしている。LINEを開くとAmazonで使えるギフトカードが送られてきていた。
『ありがとう。フライパン買い替えたかったから使うね』と返すと追加でギフトカードが送られてきてしまった。もう要らないからと返すと、ここのブランドのフライパンが凄く良いと祖母からスクショが送られてくる。
金額もそれなりだが、祖母からの親切心はいつも素直に受け取る事にしている。スクショに載っているブランドの口コミを見ると、もう安いフライパンには戻れなくなる。火が均一に通る為料理がしやすい。値段なりの価値があると絶賛されていた。
流石自分をここまで料理が出来るようにしてくれた大先輩なだけある。届くのはいつになるかと楽しみにしながら口コミを見ていると、コンビニの袋を持った七瀬が帰ってきた。
「なんか嬉しそうだな」
「おばあちゃんがアマギフ送ってくれて、フライパンのセット買えたの。先週もアマギフくれたからもう要らないのに」
「乃愛のおばあちゃんは、乃愛溺愛してるんだよ。身内なんだから貰えるものは貰っとけ。アイス食おーぜ」
そう言って七瀬は自分の前にはスーパーカップのバニラを置き、宮野の前にはハーゲンダッツの苺を置いた。ありがとうと言うと、一応蘭のQUOカードだからお礼は要らないと言う。同じ美形でも対極的な程の気の回し方に思わずクスリと笑ってしまった。
横になっていた体を漸く起こし、七瀬と二人で無言でアイスを食べた。するとソファーに座らせてと自分の横に七瀬が座ってきた為、宮野は少し遠慮しながらだが七瀬の肩に頭を乗せた。
頼りがいのある七瀬には昔からこうして子供のように甘えてしまう。そんな自分を七瀬はいつも咎める事もなくあっさりと受け入れてくれるのだ。するとアイスを食べていた七瀬が自分の事を見る。
「乃愛、今ちょっと話せる余裕あるか?」
「え?」
「乃愛の為になると思って持ってきた」
急に改まって何を話すのかと宮野はきょとんとしながら七瀬を見ると、七瀬はソファーの脇に置いていた大学に持って行っているトートバッグを開ける。大学の事だろうかと思い前のめりになった宮野だったが、目の前のテーブルに置かれた数冊のパンフレットは大学とは無縁の物だった。
【訪問看護治療について】
初めて見るものに宮野は食べかけだったアイスを一旦置き、パンフレットを手にした。訪問看護治療ステーションと書かれたパンフレットを試しに捲ってみると、そこにはこんな謳い文句が書かれている。
【精神神経科に通いながらも安心して暮らせるように、ご自宅に伺い生活をサポートします】
【服薬管理の他、緊急時には看護師が夜間でも対応します】
【貴方らしく生きる為の支持を看護師一同で精一杯患者様の為に行います】
これは一体どういう事だろうか?困惑していると七瀬が自分の腰を引き寄せながら複雑な表情で口を開く。
「乃愛の病院の先生は確かに良い先生だと思う。乃愛の体にあった薬出してくれるし、口コミでも評価高い。だけど肝心のところまで診察で話せないだろ?だからこういう制度があるって知って乃愛に勧めたかったんだよ」
そして七瀬は訪問看護治療について詳しく書かれた紙を宮野に手渡す。週三回程度看護師が自宅に来て三十分程度話しを聞くという名目で患者を支えると書いてあった。訪問看護治療については無知だった為、宮野はこのパンフレットを持って来た七瀬に率直な疑問を投げかける。
「誰かが家に来るの?」
「そう。看護師が家に来る。時間も融通効く所も結構あったり二十四時間やっていたりする所もあるし、周りに話せない事や悩みも看護師になら話せると思った。俺にだって言いたくない事はきっとあるだろ?」
絶対に嫌だ。宮野は瞬時にそう思ってしまった。
この家は祖母が自分らしく生活して欲しいと借りてくれた、大切な家だ。看護師とはいえ他人をこの自宅に居れるなんて事は絶対に無理だ。
友人である三人を招いて料理をする事も、七瀬が紹介してくれた上で大学で話したりした経緯があった故にしている事だ。七瀬の紹介でなければ家に入れることは有り得ない。
祖母は自分に甘い。こんなに充実したマンションの家賃はそこそこするだろう。大学の最寄り駅にある大学生の一人暮らしの為のマンションと比べると、相場は宮野にも分かる。
そんなマンションに大好きな雑貨や植物を置いたり、家具にも拘り配置したりなどが出来るのは簡単に云えば贅沢な話だ。
七瀬は自分に話す事が出来ない事もあるだろうと言っているが、逆だ。七瀬だから話している。中学からの付き合いでこんなに自分を気にかけて行動したりしてくれている親友だからだ。話したくない事は誰にも話したくない。それでは駄目なのだろうか?
だが、大学にバイトにと多忙な七瀬が自分の為に調べてパンフレットを貰ってきた。その労力を考えるとはっきりと嫌だとは言えずに黙ってしまう。
「ごめんな。いきなり言われてもびっくりするよな」
「う、うん。こんな制度があるなんて知らなくて……」
「俺も知らなかったけど、検索したら出てきたんだよ。乃愛が今よりも元気になれたらと思って。即答しなくていいから目だけ通しておいてほしい。アイス溶ける前に食うか」
そう言って七瀬はなんて事ないように再びアイスを食べだした。宮野も見習うようにアイスを口にする。
七瀬、ありがとう。でも嫌だよ。それに頼るのは七瀬がいいよ。
そう思うが口には出来ない。自分とは違い七瀬には行動力がある。以前に薬の副作用で呼吸がしづらくなった時も、焦らず119の前に病院の緊急外来に電話しどうしたらいいのか、自分が今から病院に連れて行く事も出来ると電話で真剣に話してくれた。そんな七瀬がパンフレットを貰ってきたということはここにある全ての施設に直接行った可能性も無くはない。
甘くて冷たいアイスを無言で食べていると、七瀬が横目で見て優しく頭を撫でてくれた。
「大丈夫。俺は乃愛の為ならと思っただけだから。勝手に行動してごめんな?今日は疲れてるだろうしゆっくり考えればいい。」
「ううん。ありがとう。いつも七瀬は自分の為にいっぱい色んなことしてくれて……このアイスだってそうでしょ?」
「俺は冷たかったら何でも良かったから別に感謝はいらない。乃愛はハーゲンダッツの苺好きなの知ってるから」
ここまで理解してくれる友人が居て、これ以上何を望むというのか。七瀬は恩着せがましい事は一度も言わない。自分が勝手にやったからとか、上手く話しを逸らし当たり前のように話す。だがそれは決して当たり前だとは思わない。自分みたいな何かを抱えている人間と友人で居てくれている七瀬には感謝をしなければならないのだ。
「乃愛、俺もそろそろ帰る。絶対疲れただろうしあとはゆっくり一人で休んでろ。」
「うん。お風呂入ってゆっくり寝るね」
「なんかあったらLINEしろよ。あとこれ。」
パンフレットが入っていた袋から、七瀬は小さなティーパックが三つ入っている可愛らしいビニール袋を渡してくれた。マスキングテープで留められている袋をペリペリと剥がし、宮野は初めて見るティーパックを見つめる。
「はちみつ紅茶?」
「なんか乃愛好きそうだし、カフェイン入ってないから風呂上がりにこれ飲んでリラックスしろよ。Amazonにも売ってるらしいから、好きだったら買ったらいい」
「美味しそう…それにパッケージも可愛い。凄い嬉しい」
小さなうさぎがプリントされた紅茶に思わず笑顔になった。自分が好きな紅茶でありカフェインレスを選ぶ辺り、先程の車に用意していたペットボトルの紅茶も含めて流石だと思う。
薬との相互作用でカフェインが苦手な宮野にとってはこの上なく嬉しい物だ。中々カフェインが入っていない美味しい紅茶は見つけられない為、宮野は思わず顔を綻ばせると、七瀬の顔も優しく綻んだ。
「笑顔見れたから良かった。また明日大学でな」
「うん。気をつけて帰ってね」
帰宅する七瀬だけは玄関先まで見送りたい。怠くて重い体も大分マシになったと宮野は玄関まで七瀬の事を見送りに着いていくと、靴を履いた七瀬がおやすみと言って軽く髪の毛を撫でた。
ドアが閉まると、当然家に一人になるが七瀬が帰ると物凄い寂しさを覚えてしまう。七瀬はいつでもLINEしろと言うが、それは出来ない。寂しいなんて言ったら帰る事を辞めてしまうだろうと思うからだ。七瀬にも都合があるだろうしこれ以上世話になってしまったら迷惑になってしまう。
お風呂に入ろうと追い炊きボタンを押し、訪問看護治療のパンフレットを軽く見たがやっぱり無理だと直ぐに見えない場所にしまった。はちみつ紅茶を飲んでみようとお湯を沸かし、お気に入りの保温に優れたマグカップに淹れてみた。ふんわりと甘い匂いがし、間違いなく美味しいだろうからとお風呂上がりに飲もうと決めバスタオルを手にする。
シャワーを浴び、入浴剤を入れた湯船に浸かって自分の体を抱き締めた。男にしては華奢で筋肉のない自分の身体。自分は成人男性だと分かっていても嫌でも男だと認識してしまうあまり見たくない体。だからこそ自分自身で抱きしめる。
こんな自分を好き好んで抱き締めてくれる人間なんて居ない。分かっているからこそ自分で抱き締める。そして言い聞かせるように大丈夫大丈夫と繰り返した。
寒くなってきたからとモコモコしたパジャマに着替え、はちみつ紅茶をひと口飲んで驚いた。想像していた以上に凄く美味しい。直ぐにAmazonを開き三十袋入りの箱を購入した。少し気持ちと体の緊張が解れた気がする。七瀬にありがとうのスタンプだけを送り、マグカップを寝室に持って行く。
宮野にとって寝室は家の中でも特に特別な場所だ。七瀬ですら入れた事の無い自分一人だけの空間だ。大きなベッドにふかふかの羽毛布団。そして化粧品を置くドレッサーがある。
化粧水や乳液、パックなどの化粧品が綺麗に置かれているドレッサーの椅子に座り、美顔器のスイッチを入れた。肌を乾燥させないようにミスト状の水分が出てくる何年も使っている大切な美顔器だ。
はちみつ紅茶を飲みながら、化粧水を塗りパックをし乳液で蓋をする。お前は女かと言われるだろうからこそ自分だけの空間に置いてある。
スマホでネサフしながらはちみつ紅茶を飲んでいるとあっという間に無くなってしまった。また明日飲もうと、疲れからか少し重たい体を持ち上げ歯を磨き寝る前の薬を飲んだ。
大学のスケジュールを確認し、余裕のある時間だとはいえベットに入り今日は休もうと思った。布団に包まると今日七瀬から勧められた訪問看護治療が頭を過ぎる。
自分は今のままでは良くない事は分かっている。七瀬に頼ってばかり居られるのは今のうちだけだというのも、痛いくらいに分かる。そうは分かっていても体と心が拒否をする。
自分一人で乗り越えなければいけない自分の未来に不安を感じ、思わずLINEを開いたが直ぐに閉じた。こうして頼ってしまうから駄目なのだと。ぐらついた気持ちが宮野の心をじわりじわりと蝕んでいく。
自分だって、恋人は欲しい。だがそこに性に関するものは付き物だ。自分なんかを受け入れてくれる相手等居る訳がない。それに下手に恋愛をし、相手を傷つけたくない。当たり前のように恋愛が出来ない自分が少し悔しい。
ぐるぐると頭の中で色々な事を考えていく内に、眠剤の効果から眠たくなってくる。自分から眠るのではなく、強制的に意識を手放すような睡眠だが仕方ない。
本当は恋人が欲しいとか、訪問看護治療はどうするかの前にまずは明日大学に体調が優れている状態で行くことが第一優先だ。目を閉じると、今日のハードな一日の疲労からか宮野はあっという間に眠りについた。
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