イエスタデイ

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三年の大きなイベントである修学旅行。そこに参加と丸をつけながら、七瀬は修学旅行に行くことは無かった。 自宅でパソコンで北海道 高校と検索をし、何とか自分と宮野が通える高校が無いかと調べていた。そこで目に止まった高校が一つだけあった。 I高等学院通信制高校 入学資格は書類にサインするだけ、学校に通いたくても通えない生徒をサポートします。そう書かれたホームページをクリックする。毎年何人が入学しているのか、何人が卒業しているのかという一覧を見て思わず目を見開いた。 今年度、国公立大学合格者五名。北海道H大学四名、東京都T大学一名 ここだ。ここでなら自分と宮野が可能性を持ちながら一緒に通う事が出来る。見学は何時でも大歓迎という文字を見て、携帯からその通信制高校に電話をかけた。 電話に出たのは通信制高校の校長だった。詳しく事情を話すと、今からでも来ていいと言われた為直ぐにその学校に足を運んだ。 学校というよりは、街中のビルに存在するような高校だ。よく見なくては高校だということに気が付かない。失礼しますと言い、中に入ると電話に出てくれた校長自らが笑顔で迎えてくれた。 「七瀬拓人くんだね?今、丁度スクーリングが行われてる。見学していったら良いよ」 「ありがとうございます」 階段を上がった先にあった広い教室に入って驚く。誰一人として雑談をしている生徒が居ない。全員私服で真剣に目の前の課題をこなしていた。すると一人が手を上げる。 「先生、ここ分からないです。教えてください」 「うん。分数の問題だね分母と分子の説明から始めようか」 分数だと?そんな事は小学校で習う筈だろう。そう思ったのが顔に出ていたらしい。笑いながら校長に別室に案内された。 「今日七瀬くんがここに来たって事は普通の高校では出来ない事をしたいから来たんだよね?」 「はい。自分と、もう一人居るんです。精神科に通っててあまり授業に参加出来ない友達がいます。ただ、その友達は頭が良いです。テストは毎回満点です。」 「精神科ね。うちの学校にはそういった子は沢山いるから大丈夫だよ。」 当たり前だと受け入れる校長は、パンフレットがもう一冊必要だと持っていた鞄から宮野の分のパンフレットを取り出した。 「その子と七瀬くんはどうなりたい?」 「……ホームページを見ました。H大学に合格した方が居るって。」 「うん。うちの学校からは毎年出てる。」 「毎年ですか?」 「簡単な内容のスクーリングを週三回三時間だけ通えば卒業出来る。どんなに頭が悪くてもどんなに頭が良くても卒業出来るようにしている。ここは、高校卒業の資格を取る為のような学校なんだ。」 「……この学校に通って友達と一緒にH大学に合格したいです」 誰にも言えなかった本音を校長は笑顔で受け止めてくれた。学校の案内、そして願書を二人分渡される。ここに自分の人生の全てを賭けようと思った。宮野と一緒に学校に通う事が出来るのならば、H大学も夢じゃない。 そのまま修学旅行に行けなかった宮野に、電話をした。 「七瀬、修学旅行は?」 「かったるいから行くの辞めた。」 「え?そうなの?」 「なあ、乃愛。I高等学院通信制高校の説明を受けてきた。成績関係なく誰でも入れる高校があった。そこはH大学に合格する生徒が毎年いるんだって」 「え、っと……そんな所あるの?」 「調べたら出てきたんだ。乃愛と一緒に夢を叶える為に探した。だから、一緒に通信制高校に通わないか?で、一緒にH大学目指して勉強しないか?」 電話口の宮野が無言になる。頼む。頼むから良いと言ってくれ。そんな七瀬の願いが通じたのか、宮野が少し笑った。 「行く。七瀬と一緒に絶対H大学に通う」 「約束な。次の学校でパンフレットと願書渡す。一緒に頑張ろう」 「うん!」 久しぶりに聞いた宮野の元気な声を聞き、安心する。そして次は自分の問題だと自宅に帰った。 ━━━━━━━━━━━━━━ 「ふざけるな!!!」 七瀬の説明を聞いた父親が机を叩きつけ怒鳴りつけた。 母親は横でめそめそと泣いている。こうなる事は予想済みだ。顔色一つ変えない自分の姿に益々父親の怒りが増していく。 「そんなレベルの低いゴミの掃き溜めのような学校に進学するだと!?拓人!お前の為にいくら金を使ったと思っているんだ!」 「……拓人、がっかりよ。お母さんはトンビが鷹を産んだと思ってたのに」 そう言う事を想定し、自宅のパソコンでI高等学院通信制高校の今までの生徒の人数と国公立大学合格者数のデータと、南高の今までの生徒の人数と国公立大学合格者数のデータを用意しておいた。国公立大学合格のパーセンテージが詳しく書かれた二枚の紙を両親に並べて見せる。 「そんなに言うなら、父さんはこれをこれを見たらI高等学院と南高の合格率の確率と比率位分かるだろ?」 初めて親に反発した。だが、自分の親が知能のレベルが低く理想が誰よりも高い事は誰よりも知っている。だんまりを決め込んだ両親にあとはサインと判子を押すだけの願書を差し出した。 「学校の名前を信じるんじゃなくて、俺自身の可能性を信じて欲しい。俺は絶対乃愛とH大学に合格する。合格出来なかったら、息子だと思ってくれなくても構わない」 「拓人……」 「それくらいの覚悟でこの学校に通いたいと思ったんだ。だから、今サインをして欲しい。」 激昂し、顔を真っ赤にして握り拳を作る父親が殴り書きのように願書にサインをした。母親が涙ながらに判子を押す。 「ありがとう」 それだけ言って、自分の性格をここまで捻じ曲げた両親には目もくれずに自室に戻った。溜め息をつきベットに寝転がっては携帯を開くと、宮野からメールが届いていた。 おばあちゃんがサインしてくれたからI高等学院通信制高校に通えるよ。 そのメールは、高校に進学しても宮野と共に高みを目指せるという証だった。喜びで身体中に鳥肌が立った。 これがきっかけか分からないが、宮野の体調が少しずつ回復していった。中学卒業までには週に三回三時間の通学なら何の問題も無いくらいに回復した。 高校に折角行くのならばと宮野は沢山の服を祖母に買って貰っていた。自分はあるもので充分だった。それに、宮野と高校に通えるという事実だけで大満足だった。 入学すると、少ないスクーリングを受け最低限の課題を提出し、教員の力を借りてH大学合格へ向けての勉強が始まった。 初めて受けた合格率の判定は宮野はA判定、七瀬はD判定だった。そんな自分を宮野は自宅で一緒に勉強しないかと誘ってきた。元々病気を持っている祖母が居たが、乃愛の友達が初めて家に来たと大歓迎をしてくれた。 あまり自宅が好きでは無い自分が、宮野の家に泊まり込むようになるのはあっという間の事だった。当たり前のように用意されている二人分の料理と布団。その中で勉強をし続けている内に、七瀬の中の毒素が抜け、代わりに学んだ事を次々と吸収していった。 D判定がC判定、C判定がB判定。そして、大学受験目前に控えたテストで、宮野と共にA判定という結果を残した。 大学受験は物凄く緊張した。だが、そんな七瀬の隣には宮野が存在した。ここまで来たら引き返す事は出来ない。食らいつく気持ちで合図と共に、センター試験の用紙と捲った。 センター試験が終わると、合格発表の前に試験内容と答案が新聞に記載されていた。自宅で見ている自分を、両親は気まずそうに見つめていた。本当にA判定を取ったからこそ、今までの両親の行動が浮き彫りに出るような形になった。 合格発表当日。 宮野と二人でH大学まで行った。泣いている者、笑顔の者、写真を撮る者。様々な人々の中で合格者の受験番号の一覧があった。 まずは可能性の高い宮野の受験番号を探した。すると宮野が興奮気味に七瀬の肩を叩いた。 「七瀬!あった!合格してた!」 レベルの高いH大学の医学部に宮野は合格した。 次は自分だ。志望した教育学部の合格者の受験番号一覧を見る。そしてとある番号を見て時間が止まったように感じた。発表されている番号と自分の番号を何度も交互に確認した。 「……合格した」 「ほんと!?」 「乃愛…合格した。合格した!」 「七瀬!」 二人で顔をくしゃくしゃにしながら笑い合い、抱き締めあった。散々な目にあった小学校と中学。それを覆す結果を出す事が出来た。 「大学でも一緒だね!」 涙を浮かばせながら宮野は笑っていた。その顔を見て自分も涙が浮かんだのが分かった。暫く抱き締め合って喜びを共感し合った。ずっと一緒に高校の三年間、努力した大切な親友だ。 祖母に報告すると帰った宮野に、自分にも報告するべき人間、両親が居ると自宅に帰った。玄関を開けリビングに行くと涙目の母親と、俯いている父親が座っていた。 「H大学の教育学部合格した」 その事実に両親が立場を無くす事は分かっていた。堂々と言ってのけた七瀬に、母親が口を開く。 「拓人……ごめんね」 普段謝らない父親も自分に向かって頭を下げた。努力で掴み取った結果で、この憎い両親を捩じ伏せた。久しぶりに正面に座って話をする。 「H大学に合格したらそれか。学歴って凄いって合格した今思うわ」 「すまなかった。本当に申し訳ない」 「……いいよ。その代わり車買って。」 「うちにそんなお金は……」 この後に及んでまだそんな事を言う母親と、渋る父親を思い切り睨みつけた。自分の息子に勝手に過度な期待をし、精神的に追い詰めたような身で何を言っているのか。 車の一台で許されるなら安い方だろう。高校三年間宮野の自宅に泊まり込んでいる自分を、通信制の高校に通う出来損ないと放っておいたような両親を七瀬は許す事が出来なかった。 「死ぬ気で努力して勉強した結果なんだけど」 余計な事は言わずに両親には絶対に成し遂げられ無い事を自分はやったんだと言わんばかりの七瀬のその言葉に、両親は首を縦に振ることしか出来なかった。 そして大学生活が始まるまでの二ヶ月程を宮野とずっと一緒に過ごした。 カラオケ、ゲーセン、プリクラ、ファミレス、行きたくても勉強で我慢をして行かなかった場所全てに宮野と行った。宮野が何故か欲しがったぬいぐるみをUFOキャッチャーで取ると、宮野が満面の笑顔で喜んだ。 大切にすると鞄の中に入れていたが、そんなおもちゃみたいなクマのぬいぐるみのどこが良いのかは分からない。だが、宮野の喜ぶ顔を見るのが、七瀬の生き甲斐になっていた。 H大学の受験に比べると、車の免許を取る事など容易い物だった。両親に購入させた車の助手席に宮野を乗せ、様々な家具を買いに宮野と買い物に行った。 祖母が施設に入る事が決まり、一人暮らしをする宮野のマンションはかなり高価な家賃であろう部屋だった。広いリビングに二人で寝転びながら宮野に聞いてみた。 「乃愛、俺はずっと乃愛の側に居てもいいのか?」 「当たり前だよ。自分も七瀬とずっと一緒に居たい」 真っ直ぐな宮野の言葉と、相変わらず可愛い笑顔を見せる宮野はこれからも自分が支えていき、守っていこうと宮野の頬を優しく撫でた。 車の免許を取り、宮野の通院する病院が決まると、自分は絶対に宮野を迎えに行く義務があると思った。こうして病院に通う宮野の根本的な傷を負わせたのは自分なのだから。 その責任感は大学生になった今でも変わらない。
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