はじめまして

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遠慮がちに七瀬?と聞いてみると七瀬は少し驚いたような顔をした後、おつかれと自分の好きな紅茶を渡してくれた。 「ありがとう。これ置いてる自販機まで遠いから嬉しい」 「弁当のお礼な。乃愛に弁当作って貰うのが贅沢だから。」 「そんなに褒めてもだし巻き玉子位しか出せるもの無いよ」 「だし巻き玉子出てくんのかよ。ていうか、乃愛の作るだし巻き玉子まじで美味いから嬉しいわ」 七瀬に弁当箱を渡すと嬉しそうに七瀬が弁当箱を開けた。そしてレベル高過ぎね?と言うが作り置きをそれっぽく詰めただけだ。そう言うとそもそも作り置きが当たり前にあるのがレベル高いんだと七瀬はため息をつく。 何だろう。何時もの七瀬と少し違う気がする。中学からの付き合いだからこそ些細な変化に気が付いてしまう。 何時もなら笑って頭を撫でたり、背中をトントンと優しく叩く七瀬がため息をつくのが珍しい。 「七瀬、何かあったの?」 自分も弁当箱を開け、昼食を口にしながらそう聞くと、七瀬は再び驚いた顔をした後にやっぱりバレたかと再び渋い顔をした。 そして大きくため息をつく。普段どちらかといえばポーカーフェイスで大人びた七瀬が困っている事が珍しい。もう一度何かあったのかと聞くと、七瀬は渋々といった様子で漸く口を開いた。 「俺は今リニューアルした居酒屋でバイトしてるだろ?」 「うん。なんかオシャレな所だったよね!出てくる料理が映えるって口コミ見たよ」 「そう。そこにいる東雲隼人って二個下の大学生が居るんだよ。そいつが乃愛にめちゃくちゃ会いたがってる」 「え?なんで?」 七瀬の働いている居酒屋は、居酒屋というよりは個人でやっているカフェやレストランに近い飲食店だ。実際に七瀬も厨房に立っている為、メニューを一通り作る事が出来る。 その上対応の良さや手際の良さが評価され、時給も他のバイトよりも高いらしい。前にクレームや突然のキャンセル等、店長が居ない時は店長の代わりに対応をしていると言っていた。七瀬は逆に何が出来ないのかとたまに疑問にすら思う。 だがそれ以上に疑問なのは、その東雲隼人という男性が自分に会いたがっているという事だ。名前も顔も知らない為困惑してしまう。 「その、東雲くん?はなんで自分に会いたがってるの?」 「俺さ、武尊と慎吾と蘭紹介したじゃん?馬鹿二人はどうでもいいけど蘭とは乃愛凄く相性良さそうだったし、タイミング見計らって隼人も紹介したかったんだよ。昨日の今日で話したら乃愛が混乱したり、負担になったりするかと思うと話したくなかった」 訪問看護の話できっと気疲れさせただろうからと七瀬は俯いて言う。確かに突然新しいサービスを紹介された事に関しては戸惑っていたが、それ以上にこんなにも困っている七瀬への心配が勝つ。長い付き合いになるが、七瀬が表情に出す程困っている事など滅多に無い。 「また裏で勝手に話してたんだけど、隼人には料理の出来る優しい友人と会ってみて欲しいとだけは前々から言ってたんだよ。隼人も隼人で料理が出来る医学部生なんてが周りに居ないし会いたいって言ってくれたから、昨日話の流れで乃愛の写真送ったんだよ」 「写真ってなんの?」 「蘭の誕生日パーティーやった時に3人で撮ったやつ」 七瀬の行動力の凄さに昨日に続き驚いた。宮野は性格は良いが、あまりにも純粋無垢な見た目と雰囲気でなかなか同世代の友人が出来ない。出来ないだけなら良いが、宮野の中性的な見た目と大学生という一番性に関して果敢に動ける事が相まって、性的な意味で仲良くしようとする人間が過去に何人か居た。 宮野自身で気付く事が出来る事もあれば、七瀬が先に気付きキツく言ってくれた事もあってか大事にはならなかった。その為仲良くするのは七瀬から紹介された男性だけと宮野自身もそれで納得している。 蘭の誕生日パーティーも誕生日パーティーという名の、宮野が作るケーキを食べたいという武尊と慎吾の要望があり実現したものだ。実際楽しい時間を過ごせたし、折角だからと酔いつぶれた二人をバックに三人で写真を撮ったのを覚えている。 「そしたら隼人が乃愛の顔見て早く会いたいって煩いんだよ。一応言っておくけど隼人は大丈夫だ。ただ馬鹿でポジティブで脳内ハッピー野郎なだけで絶対乃愛を変に傷つけたりはしない。馬鹿故に傷つけたら俺が何かしら言うから隼人をというより俺を信じて欲しい」 「うん。それは信用してる。でも自分は東雲くんと会うのは平気だけど、何でそんなに急ぐのかと七瀬がそんなに困ってるのかが不思議で…」 七瀬が大丈夫と言うならばきっとグループLINEに入っている三人のような面白い人なのだろう。だがそんなに会う事を行き急ぐような必要や困る要素はあるのかと頭の上にはてなマークを浮かべる。すると七瀬はきょとんとした自分の顔を見て再び表情を曇らせた。 「隼人には結構シフト代わってもらってるんだよ。乃愛の病院行く時とか、乃愛の家に集まる時とか」 「え!?そんな事してたの!?」 「隼人はバスケやってて練習とかで急に出られなくなった時は俺が連勤で出てるから立場的には同じ。だけど当日に変わってくれって頼んでも嫌がらずに変わってくれる奴なんて居ないから、借りを作ってばかりなんだよ。乃愛の前で言う事じゃないよな。本当にごめん」 項垂れる七瀬に謝るのはこっちだと思った。当たり前のように毎月病院に迎えに来てくれたり、家に遅くまで居てくれたりなんて出来ることなのかと前から疑問に思っていたが、その東雲隼人という男性のお陰だとは思わなかった。 付け足すように本当に俺がやりたくてやってるから絶対これから気を遣うなと言うが、気を遣わない方がおかしい。それに自分みたいな人間と会いたいと言っている東雲の男性の性格の良さは伝わってきた。 バイトのシフトを当日に変わっている原因である自分に、早く会いたいと言ってくれているのだ。宮野自身も七瀬には頼りっぱなしだと思っていた矢先の事だ。七瀬の立場も考えると東雲に会う方向で話を進めた方がいいだろう。今は大学のスケジュールがキツい訳でも、体調が優れない訳でもない。 「東雲くんに会うよ。いつでも大丈夫。逆に自分からも東雲くんにお礼も言いたいから」 「隼人は今日にでも会いたいって言ってるんだけど……平気か?」 「全然いいよ。寧ろ東雲くんの気持ちを尊重した方が良いと思う。なんでそんなに早く会いたいのかは分からないけど、会いたいって思ってくれるなんて嬉しいし」 「ありがとう。助かる」 今日の夜で返事しても良いかと聞かれ頷くと、七瀬が漸くいつもの表情に戻った。今日は午後から教授の授業がある為、十六時頃なら大丈夫だと言うと七瀬は東雲にLINEを送る。 十七時に宮野の自宅でなら会えると送ると、待っていたのかと思う位の早さでめちゃくちゃ楽しみにしてます!宮野さんによろしくお伝えください!と好印象な返事が返ってきた。 七瀬の通う教育学部も宮野の今日の大学のスケジュール大体同じだった為、七瀬の車で二人で宮野の自宅に帰り、東雲の到着を待とうと話がついた。 東雲隼人という男性は、一体どんな男性なのだろうか?自分と波長の合う人なのだろうか?そんな小さな疑問を頭の片隅で考えながら宮野は午後の大学のスケジールもこなしていったのだった。
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