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真相
シャツを外し、露出した天窓は、すりガラスだった。
まだ外の景色は見えないが、鈍い光が揺れていて、目が痛くなる。
爪を立てて、これも濡れた布テープを剥がしていった。
その時、はてと思った。
鈍い光が揺れている? ――揺れている。確かに。まるで風が強い日の木漏れ日か、水底から上方を見上げた時のように。
それに、こんなにもテープが濡れているのは、雨漏りでもさすがに不自然なんじゃ――
そう思いながら布テープを一辺分はいだ時、天窓と窓枠の隙間から、水が漏れだしてきた。
それはあっという間に膨大な奔流となって、濡れて弱ったテープと窓ガラスを押し開け、僕の体を一気に飲み込んだ。
最後のパニックを起こした僕は、必死で両手で空中を掻いた。
しかし、なにもつかめるものはなかった。
僕の体は穴の底に叩きつけられた。
なにか尖ったものにぶつかって、腰と背中に激痛が走り、体が動かせなくなる。
そしてすぐに、僕は部屋ごと水に埋まってしまった。
肺の中の空気を、叫び声と共に全て吐き出してしまい、鼻と口からは水が流れ込んでくる。
目の前に、椅子やカーペットが浮いている。
その横に、あの男の死体も浮いていた。
顔が見えた。
それで、稲妻に打たれたように、なにもかも思い出した。
彼は、日本から遊びに来ていた友人のコウスケだ。
ゆうべ、僕の部屋で酒盛りをしていたら、この国には珍しい、大きな地震が来た。
川沿いに建てられた僕のリバーサイドメゾンは、根元近くからぽっきりと折れてしまい、数メートル横の川の中に、倒れ込んでしまったのだ。
巨大な川の中に、マンションは横倒しになって完全に水没してしまった。
建物の構造のせいなのか、奇跡的に、僕の部屋にはすぐに浸水が起きなかったらしい。
そこまでしか覚えていないので、あとは想像だが。
僕はその衝撃で気絶し、意識を保っていたコウスケが、あの天窓――もともと僕の部屋の、川とは逆方向を向いていたリビングの窓――までたどり着き、なんとか目張りをして、少しでも浸水を防ぐために自分のシャツも貼りつけたのではないか。
しかしその際に足を滑らせて落下し、頭を打って、致命傷を負ってしまったのだろう。
僕の部屋の、リビングダイニングのキッチンや、廊下に通じるドアは、底側になったせいで、足元に散乱した家具やカーペットに埋まって隠れてしまっていたのだ。
壁のコンクリートの材質が、僕の部屋と同じはずだ。ここは僕の部屋なのだから。
ただ、九十度横倒しになり、部屋の出入り口が下になったために、縦穴に化けてしまっただけで。
窒息の苦痛の中で、僕は窓の外にぼんやりと、重機の影を見た。
おそらく、僕たちを救助するために手配されたのだろう。
僕はもう間に合いそうにないが。指一本動かせず、五感が急速に失われていく。
コウスケの書き残した通りだった。
窓は、ちょっぴりでも開けてはいけなかった。
外になにがあるとかではなく、開けること自体が自殺行為だったのだ。
外国暮らしに賛成して送り出してくれた故郷の両親は、今どうしているだろう。
そこまで考えるのが限界だった。
僕は意識を失った。
終
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