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目覚めたのは暗い部屋
「どこだ……? ここは……?」
うつぶせの状態で目が覚めると、僕の体はひどく暗い空間の中、がれきのようなものに埋もれていた。
全身がひどく痛む。
ここはどこなんだ。僕のマンションの部屋、リバーサイドメゾン五〇五号室じゃないのか。
がれきの中で身を起こし、こめかみを指で叩いて、記憶を掘り起こす。
僕の名前は伊藤タダシ。一念発起して、ビジネスのために日本を飛び出した。
そして中央アジアのある国に、腰を落ち着けることになった。
住んでいる場所は、日本では考えられないほど巨大な河川――アジアの巨大河川にしては珍しいくらい水がきれいな――の数メートル横に建てられた、六階建てのマンション、その五階の一LDK。
それなりに仕事は順調だったけど、このマンションの川側を買うほどの収入はまだなかったのをよく覚えている。
つまりリバーサイドと言いながら、僕の部屋は川とは逆側にあり、日当たりの悪いリビングの小さな窓からは、のっぺりとした灰色の街しか見えないのだ。
日本からは、数少ない友人が、仕事と遊びを兼ねて年に二三度来る。
その度に、建つけが悪く隙間風が吹き込む窓からこの眺めを見て、川側とはえらい違いだなと言って笑っている。
そんな異国の風景を日々見下ろしながら、僕は仕事に励んでいた。
それが今や、謎の暗闇に一人落ち込んでいる。
ここは、日本ほどに治安がいい街とは言いがたい。
だが、こんなわけの分からない目に遭うほど危険なところでもないはずだ。
この暗い空間はいったいなんなんだ。
「昨日なにがあったんだっけ……全然思い出せないな……」
吐息から、少し酒のにおいがする。頭がくらくらして、二日酔いのようだ。
ということは、僕は昨日は痛飲してしまい、地元のマフィアにでも絡んだのだろうか。
それで、こんなところに放り込まれた?
記憶があいまいなのも、そのせいかもしれない。
「まいった、どこなんだここは。出口、出口は? どこから出ればいいんだろう」
軽くパニックを起こしつつ、ようやく暗さに目が慣れてきたので、周囲を見回す。
「えっ!?」
僕のすぐ横に、冷蔵庫が横倒しになっていた。
しかもこれは、色と言い大きさと言い、僕の部屋にあったものと同じ型だ。いや、小さな擦り傷などに見覚えがある。
これは、僕の冷蔵庫だ。
「なんで!? あっ、これはうちのテーブル! こっちも、僕のリビングの椅子だ!」
よく見ると、周りのがれきだと思ったものは、食器棚やら本棚やらテレビやら、全て僕の家具だった。
左手に見える大きな布はカーペットらしい。これも僕の部屋にあったものだ。
それが分かっても、いや分かったからこそなおさらに、状況がさっぱり理解できない。
混乱したまま、僕はさらに目を凝らして、周りを見た。
どうやら僕がいるのは、縦長の四角い空間の底のようだった。
部屋(?)の寸法は、縦横はともに三メートルほど。
それに比べて、天井は高い。六メートルはありそうだ。とても道具なしでは天井に手が届きそうにない。
壁には前後左右とも窓がないので、どうもダストシュートの底を思わせる。それにしては、ゴミの取り出し口が見当たらないが。
暗さのせいでまだよく見えないが、壁の材質はコンクリ打ちっ放しだった。
手近な壁をなでてみる。
「これは僕の部屋と同じコンクリだな……質感もそっくりだ……」
ならば、うちのマンションのどこかにこんな空間があって、酔っぱらった僕はうっかり落ち込んでしまったのだろうか。
でもそれなら、なぜ僕の家具も一緒に放り込まれているのだ。
こんな、家具ごと粗大ゴミのごとく扱われるような恨みを買った覚えはないし、いくら酔っていても冷蔵庫まで自力で運び出すはずはない。。
天井から、ぼんやりとわずかな明かりが漏れていた。一辺が一メートル四方ほどの、小さな天窓がある。それがこの部屋の唯一の光源だった。
しかし天窓には白いカーテン(遮光性ではないようで、おかげで明かり取りになっている)が渡されていて、ガラス面は見えない。
しかもそのカーテンは、白いテープで四辺をぴったりと貼りつけられているのが見てとれた。開閉はできないようだった。
まあ、あんなに高いところにあったら、めったに開けたり閉めたりしないのかもしれないが。
ともあれ、はしごも階段も、天井まで上れそうな道具はなにも見当たらない。
僕はだんだんと、二度目のパニックに陥ってきていた。
「待ってくれよ! ……どこなんだよここ!? どうやって出るんだ!? いや、出られるのか!?」
叫びながら、ぶんぶんとかぶりを振る。
その時、カーペットの下に、なにかが見えた。
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