春(円歌編)

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春(円歌編)

 高校3年生。これで最後の高校生活。クラスは学力別に分かれ、寧音は一番上の特別進学クラス。私と葵はその一個下の進学クラスで晴琉は残りの通常クラスに分かれることになった。私は葵と同じクラス。私は文系で葵は理系だから一応同じクラスだけれど、受ける授業は違っていた。理系の方が人数が少ないから教室を移動して受けることが多くなり、休み時間ですら一緒に過ごす時間が減っていた。  学部は違うけれど葵とは志望校が同じだった。同じ大学に通うことをモチベーションに、この受験を乗り切ろうと思っていた……けど。 「さみしい……」  分かっていたけれど受験って自分との戦いなんだなって思う。お気に入りの音楽を薄っすらとかけて気分を上げてどうにかして毎日机に向かう日々だった。  葵からは毎日連絡は来ているけど、なるべく長くならないように寝る前に少しだけ、という風に約束をした。葵と晴琉は部活があるから相変わらず忙しく、晴琉とは話す時間が減った。特に関わりが減ってしまったのが寧音だった。  寧音が目指す大学は寧音の学力なら心配いらないんじゃないかなって思うけれど、だからと言って勉強しなくていい訳が無くて、春休みから塾に通いだした寧音は既に勉強漬けの日々が始まっていた。ゆっくり話せるのはいつも4人で集まる昼休みの時間と一緒に帰る道での時間くらいで、前までは放課後に一緒に遊びに行ったり、勉強を教えてもらったりしていたから余計に寂しくなっていた。それに寧音はきっと恋人である晴琉と会うのを我慢しているだろうから、私から会いたいとか言って寧音の時間を奪うなんて出来ないと思っていた。 「あれ?寧音は?」 「先生に質問あるから遅れるって」  こうやって昼休みに集まる時間に寧音が遅れる日が増えていた。聞いた私も、答えた晴琉もテンションが下がっている。 「……寧音が気にするから。二人ともへこまないの」  寧音とはドライというよりはきっと良い距離感でいる葵はそんな私たちに喝を入れてくれる。 「「は~い」」 「はぁ……全く。寧音だけが受験生じゃないんだから。二人ともしっかりしてよ」 「「は~い」」 「その気の抜けた返事やめて」 「「は~い」」 「このっ……」 「何をじゃれているの?」  葵が本気で叱りだす前にタイミングよく寧音がやって来て救われた。寧音の顔を見た途端に、尻尾があったらフリフリとすごい勢いで振っているのが簡単に想像できるくらいには、晴琉の顔が明るくなってかわいいと思った。 「じゃれてないよ」 「そう?また葵ちゃんご機嫌ななめなのかと思ったけれど」 「そうなの。もっとニコニコすればいいのに」 「誰のせいだと……」 「そうだよ葵。受験は長いんだよ?カリカリしてたら持たないって」  寧音が来てすっかり元気を取り戻した私と晴琉に比べて葵の顔が死んでる。これ以上考えたら疲れるから考えるのをやめた時の顔。私と晴琉が悪ふざけをしだしたらよくする顔。 「寧音?大丈夫?」  隣に座っていなければ見逃してしまいそうなくらい、本当に小さなため息をしたから声をかけた。 「あぁ、ごめんね。大丈夫……ほら4月だから。新入生の見学がたくさん来たら晴琉ちゃんまたデレデレしちゃうな、って思って」 「またって何⁉デレデレなんてしないよ⁉」 「あぁ……」 「あぁって何⁉葵!」  葵が寧音に同調するように煽るから晴琉は余計に慌て出していた。慌てる晴琉を見て笑う葵と寧音。何だかんだ二人は波長が合うのだと思う。和やかな雰囲気だけれど、私は何かが引っかかっていた。 「――どうしたの円歌」  放課後。寄り道のしない帰り道。塾へと向かう寧音と話せるこの帰り道の時間が、まだ4月だというのに残り僅かのような、貴重な時間だと感じるようになってきていた。 「腕なんか組んで……葵ちゃんに怒られちゃうよ?」 「ちょっとだけだから。最近全然寧音に甘えてないし」 「そもそも甘える必要ないでしょう?」 「ある。晴琉だけずるい」 「ずるいって……」  寧音は呆れてたみたいに笑っている。結局嫌がるとか、拒むような素振りを見せないところが好き。 「そういえば志希先輩、モデル事務所に入ったんでしょ?すごいね」 「バイトでたまにやってた時も声はかけてもらってたみたい……モデル仲間に手を出してクビにならないといいけどね」 「……ありそう」 「大学にかわいい子も綺麗な子もいっぱいいるってはしゃいでるみたいだし」 「えー……まぁ想像つくけど。そういえば寧音の志望校だっけ?先輩の大学」 「うん……」  付き合いも長くなってきて、ようやくいつも落ち着いている寧音の反応の微かな違いに気が付くようになってきていた。 「……志希先輩のことで心配でもあるの?」 「志希ちゃんのことなんか心配してない」 「あ、そう。なんかごめん」 「……合格しないとって思ったらちょっと疲れたの」 「やっぱり大変?」 「模試の成績は順調だけどね……志希ちゃんが楽しそうにしてるの聞くと余計に落ちたら癪だなって思って」 「えぇ?何それ」 「志希ちゃんが合格できた大学に落ちるなんて一生の恥になると思うの。だから絶対嫌」 「そうなんだ」  何か悩んでいるのかと思って心配していたことは思っていたより深刻ではなさそうで安心した。思わず笑みがこぼれてしまう。だって、そんなに嫌なら同じ大学を目指す必要なんてないはずなのに。寧音ならいくらでも他に選択肢があるはずなのにね。 「どうして笑っているの?」 「ううん。何でもない……ああもう、駅着いちゃった。じゃあまた明日ね、寧音」 「うん、またね……ありがと円歌」 「ん?何が?」 「……何でもない」  何かお礼を言われるようなことをしたかなって思ったけれど、寧音がいつも通りの笑顔でいたからどうでもよくなった。
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