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春(晴琉編)
「あぁあー……寧音に会いたい」
「私に言われても」
せっかく部活が休みの休日だというのに、寧音は塾でテストがあるらしく、夕方まで連絡すら取れない状態だった。今日は葵も用事があるみたいで、予定が空いていた円歌と喫茶店で一緒に勉強をしていた。とはいえ今はお互い教科書を広げているだけである。たまには違うところで勉強したら捗るかもとか言って喫茶店に来たというのに。
「寧音に直接言ったらいいじゃん」
「最近すっかり私の扱いが上手くなってさぁ……簡単に受け流されちゃうから」
「ずっと前からそうだったと思うけど」
「そんなこと……あるかぁ」
当初の計画では私が寧音を引っ張って行こうと意気込んでいたけれど、気が付けばもう寧音にリードされるがままだったし、私は今の状況にもう慣れてしまっていた。
「もうずっと寧音に引っ張っててもらっててさ。でもやっぱりかっこいいって思われたいんだよね……どうしたらいいかなぁ」
「晴琉は何もしなくてもかっこいいと思うけど」
「それ葵にも言われた」
記憶の中で寧音に「かっこいい」と言われたことなんて、なかったような気がする。確か服装をかっこいいと褒められたことがあったけど、あれは志希先輩に選んでもらった服だから、なんか、それをカウントするのは違うかなって思うし。「かわいい」ならたくさん言われた覚えがあるんだけどな……あんまり納得いっていないけど。
「でも確かに、寧音が晴琉のことかっこいいって言ってるの聞いたことないかも」
「でしょ?」
「んー……まぁでも寧音のことだから、あえて、なのかもね」
「あえて?そんなことある?」
「寧音のことだからねぇ……」
「えー、何、円歌の方が分かってる感出すじゃん」
「晴琉が付き合う前から仲良いもん」
「おぉ?なんだなんだ?ケンカするかぁ?」
動物みたいに両手をあげて威嚇するフリをしたら円歌は笑っていた。
「でもね、昔晴琉が言ってたこと、今ならわかる気がするの」
「ん?何の話?」
「志希先輩とね、付き合ってる時に、晴琉が先輩に私を取られたみたいで嫌だって言ってたこと。恋愛とかの好きじゃなくても、寧音が晴琉に甘えてるって考えたら、ちょっと妬けるなって思って」
「あー……」
そういえばそんなこともあったなと懐かしい気持ちになっていた。あれは正直言って志希先輩が堂々と人前でイチャイチャしようとするから余計に嫌だったというのが大きいと思うけど。
「だから私も寧音に甘えるね」
「あれ?そういう話だったっけ?……てか葵に甘えればいいじゃん」
「葵にはいつも甘えてるから」
「あ、そうですか」
ダメだ、この二人にこういうことを聞くとすぐにノロケてくる。葵なんて初めて会った時はあんなに大人しくてクールな子だったのに。気付けば円歌を甘やかすバカップルの片割れになってしまった。頼んだメロンクリームソーダを飲むと何故だか余計に甘く感じた。
「……寧音に会いたいなぁ」
「また言ってる。行って来れば?」
「えぇ?迷惑じゃないかな……」
「テスト夕方までなんでしょ?迎えに行ってご飯一緒に食べるくらいなら良いんじゃない?」
「円歌がそういうなら……行ってこようかな」
「それに寧音なら本当に迷惑だと思ったら伝えてくれるでしょ」
「そうだね……じゃあ夕方まで勉強頑張るかぁ」
寧音に会えると思ったらやる気が出て来た。まだ円歌と葵には言ってないけど、寧音と同じ大学目指しているんだから、頑張らないと。
「――え?晴琉ちゃん?」
「寧音!お疲れ様!」
夕方に寧音が通う塾に着いた。寧音はすぐに私に気付いて、そしてとても驚いていた。
「どうしたの?こんなところまで」
「ごめん急に……会いたくなったから、迎えに来たんだけど……迷惑だったかな」
「……そんなことないよ。私も会いたかった」
寧音の笑顔を見ただけで、今日一日勉強した疲れが吹き飛んだ。円歌の言うことを聞いて良かったと思った。
その後一緒にファミレスでご飯を食べた。寧音はファミレスには普段行かないらしく、興味深そうに周りを見渡していた。珍しい寧音の反応を眺めているだけで楽しくて、もっと色んなところへ連れて行ってあげたいと思った。
「晴琉ちゃん今日は会いに来てくれてありがとう」
お別れの時間はすぐにやってくる。家まで送るという私の提案は帰りが遅くなるからと断られてしまった。駅前でいつもまでも離れないカップルを見たことがあったけど、今なら気持ちが少し分かる気がした。
「……私も会いたくなったら、会いに行っていい?」
「うん、もちろん!いつでも会いに来て良いからね!」
「ありがとう晴琉ちゃん……受験、頑張ろうね」
「うん!」
寧音が応援してくれるなら、私はいくらでも頑張れる。
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