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夏(円歌編)
「飽きた」
「まだ一時間しか経ってないよ」
葵はこちらも見ずに言い放ち、変わらず勉強を続けていた。
とある休日。受験生なのに遊びに行きたいと言うのは気が引けるから、一緒に勉強したいと言って葵を家に誘っていた。勉強会というのは口実でしかなくて、少しくらい甘えたいな、なんて思っていたのに。真面目な葵はしっかりと勉強に取り組んでいた。
「んー……なんか楽しいことない?」
「受験終わったら考えようね」
「それだと辛いままじゃん……そうだ、受験終わったらやることリスト作ろ!」
「今?もうちょっと勉強してから……」
「まずはプラネタリウム見に行くのとー」
「……話聞いてないし」
葵の正しい意見は無視してさっそくリストの作成をする。「旅行も行きたいし」とブツブツ言いながら作成していると、結局私に甘い葵は勉強を続けながらも相槌を打ってくれていた。
「葵は何かないの?」
ノートの端に十個くらい箇条書きでリストを作ったけど、全部私のしたいことだった。葵は私の提案に「いいね」とか言って全部肯定してくれてはいたけれど、葵自身がやりたいことは一つも意見が出ていなかった。
「え……まぁ、一つ……あるけど」
「一つだけ?」
「……うん」
私は葵と一緒にしたいことなら時間をかけたらいくらでも出てくる自信があるのに。葵は一つだけなんだと言われて少し悲しくなってしまう。しかも何か気まずそうにしているし。何をためらっているのだろう。
「その……受験終わったらというより、卒業したら、なんだけど……」
「うん」
「一緒に、住みたいなって……思ってて……嫌?」
「嫌じゃない……え、嬉しい……」
歯切れが悪かったのは、私が断るとでも思っていたのだろうか。私がたくさん書き出したやりたいことを全て一つにしても敵わないくらい、葵の一つは私にとって嬉しいものなのに。
「え、え!どうしよう、それなら住む場所決めないとじゃん。どこら辺がいいかな?部屋の広さとかさ、家賃とかどうする?」
「円歌落ち着いて……考えだしたら一日終わるから」
「えーでも……どうしよう、一番の楽しみ出来ちゃった……」
「……それなら良かった。まだ時間あるから、ちょっとずつ考えていこうね」
「うん!葵大好き」
「ちょっと……邪魔。勉強できない」
抱き着いて喜びを伝える。邪魔って言うくせに抵抗もせず抱き着かれたままの葵。
「そろそろ離れて」
「えー……葵も抱きしめてよぉ」
「……それ以上くっつかれたら……勉強どころじゃなくなる」
「別にいいよ?」
「ダメ。絶対同じ大学合格するんだから。勉強に関しては甘やかさないからね!」
「えー……」
「ほら勉強に戻って」
「はーい」
渋々と葵から離れて大人しく勉強に戻る。でも葵の真面目なところは嫌いじゃない。適当なところがある私とバランスが取れていると思うから。
「……とりあえず壁紙の色はピンクで良い?」
「それはちょっと……それより勉強に集中しなさい」
「はーい」
呆れたように叱る葵はどこか楽しそうで。私も楽しく勉強をして過ごすことができた。
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