夏(葵編)

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夏(葵編)

 漂うクラゲを飽きることなく見続けていた。どれくらいの時間を過ごしているかもう、分からないくらいに。隣には円歌が居て、二人とも同黙って手を繋いだままで、円歌は私の肩にもたれていた。  高校最後のバスケの大会が終わった。全国には行けなくて、歯がゆい結果で終わってしまった。私たち3年生は引退で、後はもう受験モードに切り替えるだけだった。それは簡単なことだと思っていたのに、思っていたより上手く切り替えられなかった。  それほど自分は何かに熱量を持つタイプだとは思っていなかった。バスケを始めたのも、身体を動かすのは比較的好きで、人見知りの私が何か人と関わりを持てるように地元のミニバスに通わされるようになったのがきっかけだった。バスケだった理由も母親がバスケが好きというだけで、たぶんバレーが好きだったとしたらバレーを習わされていたと思う。それからずっとバスケを続けていたのは特に辞める理由がなかっただけだった。  続けられたのはきっと惰性のようなものなのだろうと思っていたけど、8年も続けていれば愛着も湧くようで、朝早く起きたのに部活に行く必要も、ボールを毎日触る生活も無くなったと実感した時に、虚無感が生まれていた。  とにかく勉強しなければと思って机に向かってみたものの集中できなくて、それで円歌に相談したら気分転換に水族館でも行こう、と提案してくれたのだった。  夏休みということもあって水族館はたくさんの人であふれていた。そこで一番地味で暗くて人が少ないクラゲのエリアのベンチで二人並んで過ごした。いつもは円歌の方が話しかけてくれることが多いのに今日はずっと静かだった。私も何となく話しかけることが出来なくなって、でもお互い無言のままでも居心地が良かった。  大会には円歌も応援に来てくれて、でもふがいない結果に一言「応援しに来てくれてありがとう」とお礼を言っただけで、それ以上の話はしていなかった。たぶんそれだけだったから、気を遣ってこうやって水族館に連れて行ってくれて、そして黙ったまま寄り添ってくれているのだろう。私のことを分かりきっている円歌の優しさで、私の心に空いた穴が埋まっていくように感じた。 「円歌……他のところ見に行こうか」 「ん……もう大丈夫?」 「うん。ありがとう円歌」 「私は何もしてないよ……葵」 「ん?」 「お疲れさま……試合、かっこよかったよ」 「……ありがと」  そろそろ気持ちを切り替えて、この手を繋いだまま一緒に歩み出そう。
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