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夏(寧音編)
晴琉ちゃんは強い人だった。私より付き合いの長い円歌や葵ちゃんに聞いてみても、落ち込むことはあっても泣いているところを見たことがないと言っていた。いつも泣いている子の傍にいて慰めてばかりだと、聞いていた。
円歌と一緒に行ったバスケ部の夏の大会は、私たちにとって最後の応援となる試合になった。泣き崩れる部員がいる中で、キャプテンの晴琉ちゃんはずっと笑顔で声をかけて慰めていた。離れた応援席から見守る私にもそれが分かって、最後まで素敵な恋人の姿を見て、私の方が泣いてしまいそうだった。会場から退場していくバスケ部員たちを見ていると、葵ちゃんがまだ状況を飲み込めていないかのように無表情のままでいて、心配になった。
「葵ちゃん大丈夫かな」
「……大丈夫。私が見てるから」
円歌の優しい声は私のことまで安心させてくれる。きっと葵ちゃんは大丈夫だと安心できる声。私は円歌のように、恋人の支えになれているのだろうか。
「帰ろっか」
「……うん」
今日はバスケ部の人たちだけで過ごしたいだろうと思い私たちは先に帰ることにした。私たちはお互い黙ったままで、ただ円歌が腕を組んできた。いつもなら「また葵ちゃんに怒られるよ」って言うけれど今は静かに受け入れた。円歌が私に甘えてくる時はいつだって、私が円歌に甘えたい時だった。
家に着いていつも通り過ごす。一日の最後にはお気に入りのハリネズミのぬいぐるみを抱きしめて寝る。柔らかいぬいぐるみを強く抱きしめて大きくため息を吐いた。もうすぐ塾の夏期講習が始まる。前期と後期で日程が分かれていて、間には合宿なるものもあった。これを乗り越えれば、去年雨で中止になった花火大会に晴琉ちゃんと見に行く約束が待っている。この約束だけが今の私の心の頼りになっていた。
『おはよう!急でごめん、今日会える?』
朝目が覚めると晴琉ちゃんからメッセージが届いていた。会いたいけれど、夏期講習までに進めておきたい課題があるから、午後なら良いよと返事をした。本当は夕方までかかる予定だった課題に急いで取り掛かった。
「お邪魔しまーす。急にごめんね」
「ううん、大丈夫」
なんとか課題を約束の時間までに終わらせて、部屋に晴琉ちゃんを招き入れた。
「試合お疲れ様。大丈夫?疲れ取れてる?」
「うん、全然元気。いやーでも、試合は全然ダメだった。超ダサい」
そんなことないよ、って言いたかったのに驚いて言葉が出てこなかった。晴琉ちゃんに強く抱きしめられたからだった。上手く身動きが取れないくらい強く、抱きしめられる。
「ごめん……ちょっとだけ、このままでいい?」
「うん」
昨日もずっと笑顔を振りまいていたし、今も元気そうに見えたけれど、試合で負けたことがやっぱり辛かったのかもしれない。普段見せてはくれない弱いところを見せられて嬉しいと思ってしまう私は、本当にこの人の傍に居てもいいのだろうか。
「……泣いてもいいんだよ?」
「んー?……大丈夫。寧音がいてくれるから」
「……私は晴琉ちゃんの支えになれてる?」
「もちろん。だから会いたくなったんだよ」
「そう……」
慰めてあげたいのに、晴琉ちゃんの言葉に慰められているようだった。
「晴琉ちゃんはどうして泣かないの?」
「えー?んー……なんかね、人の泣いてる姿見るの、すっごく辛いんだよね。だから相手にも同じ思いさせたくないなぁって思って。そしたら泣かなくなった」
弱いところなんてなかった。どこまでも強くて優しい人だった。私が泣いている時に、私以上に悲しい表情をしていたことを思い出していた。
「……一人では泣かないでね」
「うん」
「一緒に泣いて、悲しみたいから」
「うん、わかった。ありがとう寧音」
きっと私の前で晴琉ちゃんが泣くことはないような気がした。それでも、気持ちだけはちゃんと伝えておきたかった。
「晴琉ちゃん、顔、見たい」
「ん?うん……ど、どうしたの、急に」
晴琉ちゃんは動揺していた。私がキスをしたからだった。優しい笑顔を見たら、勝手に体が動いてしまった。
「ごめんね。好きだなって思ったら、してた」
「え、ずるい。私もしたい」
「うん……ねぇ晴琉ちゃん」
「何?」
「……今日、両親帰ってくるの、遅いから」
「……そんなこと言われたら、我慢できないんだけど」
「うん、だから言ってるの」
「あー!もう、ずるいなぁ」
だって次会うのはきっと三週間後の花火大会になるから。もっとたくさん晴琉ちゃんを感じたい。
「いっぱい愛して?」
「……ほんとずるい」
私の全部あげるから。私の全部、捧げる覚悟があるから。せめてどうか泣けない強くて優しいあなたが笑顔でいられますように。
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