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夏(晴琉編)
高校最後の夏の終わり。この夏一番楽しみにしていたと言っても過言ではないイベントがあった。それが寧音と行く花火大会だった。去年は雨に降られて中止になったから、一年越しのリベンジがようやく出来る。花火大会でのデートでは寧音への誕生日プレゼントを渡す予定だった。本来の寧音の誕生日はバスケの大会と被ったからお祝いは夜に通話した時におめでとうと伝えただけだったのだ。去年は誕生日プレゼントを忘れた大罪があったから、今回は忘れることは許されない。
「うん、大丈夫、忘れ物なし!いってきまーす!」
*
「あぁああ超かわいいー」
「ありがと晴琉ちゃん」
待ち合わせ場所にいた寧音は去年と同じように浴衣を着ていたけど、前は黒の大人っぽい浴衣だったのに、今回は白地にピンクの模様があしらわれた、かわいらしい浴衣だった。珍しくアップにしている髪型もかわいい。私は去年と同じ甚平を着てきたことを後悔したけど、寧音にやっぱり似合うと言われてすぐに浮かれてしまった。自分の頭が単純で良かった。
「早く行こ!」
雲一つない夕暮れの人混みの中、はぐれないように手を繋いで屋台を巡った。寧音は少食だから私だけがたくさん食べていた。部活を引退して運動量が極端に減ったから食べ過ぎないようにしていたけど、今日は特別だということにした。
「これってさぁ、混ぜたら紫になる?」
辺りは暗くなってきていた。最後にデザートとして二人ベンチに座ってかき氷を食べていた。私の味はブルーハワイで、寧音はイチゴ。
「うん」
「試していい?」
「うん?でも晴琉ちゃんかき氷もうないじゃない」
「かき氷のことじゃないよ」
「え?何言って――」
かき氷を食べている途中だった寧音の舌は冷たくて、気持ちが良かった。
「舌……紫になってる?」
「暗くて分からないよ……ねぇ、もう……周りに人いるのに……」
「暗いから分かんないよ」
「……どこでこんなこと覚えてくるの」
「ちゅーしたくなって今思いついた」
「それなら普通にしてよ」
「じゃあ普通にするー」
「今しないで」
「えー」
寧音が残りのかき氷を食べ終えて、私たちは寧音の家に向かった。寧音のマンションから花火が良く見えるらしく、「二人きりで見たい」なんて言われたら断る理由なんてなかった。
寧音の家に着いて、まだ花火まで時間があったから、夏休みにあったことを話していた。寧音の勉強を邪魔したくなかったし、私自身が勉強に集中できていないと思われたくなかったから、あまり積極的に連絡も取っていなかった。ずっと寧音と会うのを我慢していた分、おしゃべりが止まらなくなってしまって、たくさん話したいからどんどん早口になっていく。
「あ、ごめん、自分の話ばっかりで。寧音は夏休みどうだったの?」
「……辛かった」
「え?」
「晴琉ちゃんに会えなくて辛かった」
「……うん」
「でも今日の為に勉強頑張ったよ」
「私もだよ」
会う頻度は減ったのに、愛おしさは増していく。花火は現地で見る派だったけど、堂々と抱きしめられるなら、離れたところから見るのもいいかと思った。こうやって普通にキスしても怒られないし。
会えなかった間に出来なかった分のキスをたくさんして、息が上がっていく寧音に興奮している自分がいた。浴衣、脱がしたいけど、そんなことしたら花火どころじゃなくなる……というか、あれ?何か忘れているような――。
「あ!!」
「びっくりした……どうしたの?」
私の大声で良い雰囲気がなくなった。思い出したのは自分でも偉いと思うけど、もう少し落ち着いて思い出して欲しい。持って来ていた巾着を広げて、目的の物を取り出した。
「ごめんうるさくて。寧音に渡そうと思ってたのがあって……その、また誕生日プレゼント遅くなってごめんね」
「今年は覚えててくれたんだ」
「あ、はい……本当に去年はすみませんでした」
「ううん、忙しいのに用意してくれてありがとう。開けていい?」
「うん……」
プレゼントは身に着けるものがあげたくて、でも正直自信がなかったから不安だった。寧音がプレゼントをもらって嫌な顔するとは思えないけど、だからこそ気に入らなくても付けてくれそうだから、ちゃんと喜んでもらえる物を贈りたかった。
「……ネックレス?」
「うん……ど、どうでしょうか……」
「蝶々の形なんだ……かわいいね」
寧音が嬉しそうにあげたネックレスを見つめていたからようやく安心した。買ったのは二週間くらい前で、その時からずっと緊張していたのである。蝶のモチーフにしたのは前に円歌が寧音に蝶のモチーフの髪飾りをあげていて、それがとても似合っていたのを覚えていたからだった。
「晴琉ちゃんこれ着けてくれる?」
「あ、うん」
ネックレスを受け取って寧音の背後に回る。うなじが綺麗だなぁ……触れたい気持ちを抑えてなんとかネックレスを着けてあげた。
「似合ってる?」
「うん。めっちゃかわいい」
「……今までもらったプレゼントで一番嬉しい」
蝶のモチーフを大切そうに手で包み込む寧音の表情は優しくて。まずい。目の前にあるベッドに押し倒してしまいたい。でもたぶんもうすぐ――。
「あ……花火、始まったね」
寧音が言っていた通り、寧音の部屋からは花火が綺麗に見えた。部屋の電気を消して、二人でベランダに出て並んで眺める。周りの建物の屋上やマンションの階段にも同じように花火を見ている人たちがいた。穴場なんだなぁって思いながら再び花火を眺めていると、甚平の裾を軽く引っ張られた。寧音の方を見たら一瞬だけ、触れるだけのキスをされた。そして耳元で囁かれた言葉は花火の音の中でもはっきりと聞こえた。
「大好き」
耳が熱い。耳を抑えて顔に熱が集中する私を見て、寧音はいたずらを成功させた子どものような笑顔を浮かべていた。
「……周りに人、いるよ?」
「みんな花火見てるから大丈夫だよ……ねぇ晴琉ちゃん……」
分かるでしょって顔をして私の裾を引く寧音。せっかく人が一緒に花火を見るために我慢したというのに……でも恋人からの誘惑に勝てるわけもなくて、花火の光に照らされながら、今度は私からキスをした。
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