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ハッピーエンド
「勿論、ハッピーエンドですよ」
紫月さんが笑う。なんて可愛い。
「君が迎えに来るのを、いつまでも待っているよ」
あのあと。
切り裂きジャックは現れなくなった。
私は無事に医者になる。年月を経て、両親の支援もあり、九条紫月を水無瀬紫月にすることができた。私との結婚の際に揉めに揉めて絶縁されて『清々する』と言っていたが、内心はどうかわからない。私は紫月さんと母親には『ダイヴ』しないと決めているから。私も随分と年を取った。その分、経験も積んで、子供のこころに寄り添う立派な医者になった、と思う。思いたい。
「ただいま」
「おかえりい文香ちゃん」
母が出迎える。紫月さんはリビングで父と談笑していた。
「おかえり、文香さん」
「紫月さん、ただいま戻りました」
両親がニヤニヤしながら私達を見ている。シバくぞ。
夕食が始まる。
紫月さんは私の両親を名前で呼ぶ。私の両親も紫月さんと呼ぶ。血が繋がっているのは私と母だけの、私以外は全員同世代の奇妙な家族だ。でも、それでいい。
それでいい、のか?
平成の切り裂きジャックの謎は、永遠に闇に葬られたまま。
被害者達が帰ってくることはない。
「紫月さん」
「なんだい?」
「次の休みはデートしましょう。家で映画を観ませんか?」
「じゃあ私もお父ちゃんとデートしてくるかなあ」
「ハハハ、いいねえ。久しぶりにデートしよう」
「文香さん、なんの映画を観るかは君に任せるよ」
「わかりました」
休日。
私はリビングのカーテンを閉めて部屋を薄暗くする。この方が雰囲気が出る。紫月さんはソファーに座って待っている。
「映画、始めますよ」
私は紫月さんの横に座った。
「『羊たちの沈黙』か」
「好きでしょう?」
紫月さんの耳が異国の言葉を聞き逃すことはない。
「紫月さん、全然年を取りませんね・・・」
「そうかな?」
「あとで続編も観ましょうね」
「これを言うのは初めてかな」
「なんです?」
「『レッド・ドラゴン』で、殺人鬼が惚れてしまった盲目の女性に、妙に感情移入してしまってね。彼女が『ミスターD』に連れられて、歯科治療のために麻酔で眠っている虎の身体を撫でるシーンがあるだろう?」
「ありますね」
「あのシーンを聞いていると君を撫でている気分になるんだ。虎を撫でている女優から聞こえてくる、僅かな吐息の演技が上手い」
「フフッ・・・」
映画の内容に似つかわしくない、甘いやりとり。
真実は闇に葬り去られた。
都会では夜の月は見えない。
幸せな日々が、過ぎていく。
きっと、この先も・・・。
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