二章 九条家へ

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二章 九条家へ

時が過ぎ、八月になった。 私達は屋敷に向かう船に乗っている。 「兄ちゃん! 海、綺麗だね!」 「兄ちゃん、船酔いしちゃった?」 「お、おう・・・。だ、大丈夫だあ・・・」 竹内は数分で船酔いしている。弟の蓮は小学六年生、妹の凛は小学四年生。二人共元気いっぱいに船を堪能している。 「潮風に靡く桃子ちゃんの髪も素敵だよぉ・・・」 「もうっ、恵ちゃんったらぁ・・・」 泉さんと恋人の恵太郎さんは二人だけの世界に没入している。 「博文さん、叔父様は元気?」 「はい。元気ですよ」 九条さんは船頭のおじさんと楽しそうに話をしていた。 「たまには大勢ではしゃぐのも、ええな」 「フフ、僕達、おじさんだけど、いいですよね」 優君は恋人の透さんと二人でゆっくりと陽の光を浴びている。透さんは吃驚するくらい背が高く、筋骨隆々で、たっぷりの金髪をオールバックにした男だ。肌も良く焼けている。しかし、話してすぐにわかるほど、性格は温厚だ。 私は久遠寺と二人、黙って並んで座っている。 というか私が本を読んでいるので、久遠寺は誰とも話すことができない。横からずっとブツブツとこころの声が聞こえてくる。優君か透さん、恵太郎さんのうちの誰かを寝取りたいらしいが、どこにも割り込む隙間が無くて退屈な旅になってしまったらしい。全く馬鹿である。 船が島に着いた。 「ヘヘッ・・・!! 船を破壊されたら、脱出経路が無くなる、ね・・・!!」 「はいはい。殺人事件でも起きそうだって言うんでしょ、竹内先輩。本じゃなくて参考書も読んで単位取った方が良いですよ」 「ぐう・・・」 「ぐうの音出てるね」 九条さんが呆れ、泉さんがくすくすと笑った。案内が船頭から執事のおじいさんに変わり、屋敷の中に入る。落ち着いた色合いだが、しっかりと豪華な内装だ。家具の一つ一つも遠目に見ても質が高いのがわかる。 「叔父様っ!」 「やあ、誠」 屋敷の主、九条さんの叔父は、2mにちかい長躯で、艶が失われていない黒髪を真っ直ぐに伸ばした、端正な顔立ちをした男だった。白い杖をついている。 盲目。 切れ長の目の、食虫植物の棘のように長い睫毛に彩られた目蓋は閉じられている。 「初めまして、九条さん!! お世話になります!!」 竹内が代表して挨拶をする。 「初めまして。こんな田舎に来ていただいてありがとうございます。私は一人暮らしでね、屋敷を出るわけにはいかないから、いつも寂しい思いをしているんだ。賑やかな二週間が過ごせそうで嬉しいよ。おっと、自己紹介が遅れた。九条紫月です。よろしくお願いします」 「僕は竹内秀一です!! サークルの部長をやっています!!」 竹内に続き、順に自己紹介をする。 「我が家だと思ってゆっくり寛いでください。では・・・」 九条さんはゆっくりと歩き、去っていった。代わりに執事が私達を部屋に案内する。私は部屋に荷物を置き、ベッドに腰掛けて窓の外を見た。美しく恐ろしい海が広がっている。海は怖い。膨大だから。 「ふう・・・」 疲れた私はそのまま仰向けになり、眠ってしまった。 目を覚ましたのは空腹からだった。 外は真っ暗だ。まずい。やらかした。 「う、薬のために腹になんか入れた方がええけど、どうしよ・・・。執事さんかメイドさんか、誰か居らんかな・・・」 立ち上がり、月明かりを頼りに部屋の電気を点ける。鞄から薬が入ったポーチを取り出し、部屋の電気を消して廊下に出て、気付いた。 「キッチンどこや」 『取り敢えず荷物を置きましょう』と部屋に通されたので、いつどこで食事をするのか、それすらわからない。バッグの中のスポーツドリンクの量は、船旅が長かったのでかなり飲んでしまい、あれでは薬を飲むのには足りない。洗面台の水で薬を飲むのはちょっと嫌だ。キッチンを探して、コップを拝借して、自分で洗って目立つところに置いておくことしか思い浮かばなかった。 私が居るのは二階。そういえば、とズボンのポケットから携帯を取り出して時刻を確認する。午前一時四十二分。あ、電波繋がってない。田舎だからか。あまり重要でない考えはすぐに消えた。誰かを起こすという手段もこれで消えてしまった。 階段を降り、キッチンを探す。すぐに見つかった。開け放たれたドアから灯りが漏れていて、その中で屋敷の主の九条さんが酒を飲んでいたからだ。 「誰ですか?」 足音を立てないようにしていたのに、気付かれてしまった。 「あっ、すみません。水無瀬です。お部屋に案内していただいたあとに眠ってしまって、薬を飲むためにお水を一杯頂けないかと」 「ああ、水無瀬さん。少しお待ちを」 九条さんに頼んで誰か起こしてもらうのは気が引けるし、許可を取ったとしても盲目の人の横で冷蔵庫を漁るのは気まずい。私は食事は諦めた。九条さんは立ち上がり、するすると迷いない足取りで食器棚の前まで行くと、硝子のコップを取り出し、水を汲んだ。そしてさっきまで座っていたソファーの対面にコップを置き、元の位置に座り直した。 「すみません、頂きます」 「どうぞ」 私はポーチから薬を取り出した。 「水無瀬さんさえ良ければ、少し私と話をしませんか?」 中途半端に寝たせいで頭が痛いが、付き合うしかない。断っても空気が悪くなるだけだ。 「はい。喜んで」 「水無瀬文香さんでしたね。出身は関西ですか?」 「はい」 「フフ、イントネーションが独特でしたので」 「すみません。気を付けているつもりなのですが・・・」 「気を付ける?」 九条さんは首を傾げた。 「はい。良く思わない人も居ますから」 「私はそうは思いませんよ。人間の声は最も美しい楽器です。長い年月を経て培われた独特の言葉の音は、素晴らしいものです」 「ハハ、そんなこと初めて言われました」 「一緒に来ていたカメラマンの原田さんも関西出身でしたね」 「彼の方が言葉が綺麗ですね。私は方言がキツい地域出身ですから」 「やはり細かな違いがあるのですか?」 「はい。優君は長く透さんと居るので言葉での意思疎通は滑らかでしたけど、泉さんには今でも度々聞き返されますし、久遠寺さんは私のことを宇宙人扱いですよ」 「フフ、私も少しだけ、気持ちがわかるかな。私の英語はイギリス訛りなんですよ。知人に教えてもらったのですが、彼はイギリス人でね」 「わ、えいごにもなまりが・・・」 「ん? 水無瀬さん、どうされました?」 まずい。速攻で効いた。 「あの、すみません、もうへやにもどります」 私はソファーから立ち上がろうとして、ふらついてしまった。九条さんが慌てて立ち上がり、手で空中を探りながら私に近付き、肩に触れる。 「すみません、私が無理を言ったからですね」 「ちがうんです。あの、わたしがのんだの、すいみんやくで・・・」 目を閉じたまま、九条さんが驚く。 「くすりがきいてくると、ろれつがまわらなくなるんです。ひとりであるけますから、だいじょうぶです」 「そういうわけにはいきません。部屋まで送ります」 「いえ、いえ。だいじょうぶですから・・・」 血液が炭酸水になったかのように、しゅわしゅわしてきた。 「立てますか? 掴まってください」 「は、はい・・・」 有無を言わせぬ優しい圧に負けて、私は九条さんの手を借りて立ち上がった。九条さんが自らの腕に巻き付けるように私の手を誘導する。ふわり、漂う匂いは、香水か。やたらと良い匂いだ。 「す、すみません・・・」 「私が無理に引き留めたからでしょう。謝らないでください。部屋はどこです?」 「にかいの、かいだんをあがってひだりての、ふたつめ・・・」 「行きましょう。ゆっくり」 盲人の九条さんに介助されるなんて、なんて申し訳ない。 「かいだん、あります」 「ありがとうございます」 ゆっくり、階段を登る。 「ここですか?」 「はい・・・」 九条さんがドアノブを探し、握った。部屋の中に入り、ベッドまで連れて行ってもらってしまった。 「すみません、くじょうさん・・・」 「紫月と呼んでください」 「えっ」 「姪のことも九条と呼んでいたでしょう」 「あ、は、はい・・・」 「それから、謝るのではなく、感謝するんですよ」 「あ・・・」 「貴方はさっきから謝ってばかりだ」 「すみま、あっ・・・」 「フフッ・・・」 信じられない。睡眠薬で寝ぼけているのか。 九条さんは、紫月さんは、なにをしているんだ。 私の頬を両手で包んで、唇を重ねている。 始めて感じた柔らかな温もりは、高い酒の味がした。 「・・・おやすみなさい、文香さん」 「は、はい・・・」 私は間抜けな返事をして、ゆっくりと部屋を出ていく紫月さんの背中を見送った。 翌朝、執事に呼ばれて食堂へ朝食を摂りに行った私は、気が気でなかった。紫月さんは何事も無かったかのように『おはようございます』と声をかけてくる。私は震える声で『おはようございます』と返すしかなかった。 「ときに誠君!! 宿泊先を叔父様の屋敷にしたのは、なにか理由があるのだろう??」 「ええ、勿論。でも食事中にする話ではありませんから、終わってからにしましょう」 私は、紫月さんがパンを噛むたび、グラスに唇をつけるたび、心臓が煩くなった。黙れ。黙ってしまえ。どうして、昨日、あんなこと。 食事が終わる。 「叔父様も同席してくださる?」 「いいよ」 「あのね、この辺りに出るんですよ。『切り裂きジャック』が」 「切り裂きジャックっていうと、アレかい?? 1888年に、イギリス、ロンドンで猟奇的な殺人を繰り返した、正体不明の連続殺人犯かい??」 「そうです。この辺りにも出るんです。しかも、二十年くらい前からね。被害者は皆、女性。胸部から下腹部まで切り裂かれて、内臓を切り取られた状態で発見されているんです。被害者の中には顔を酷く傷付けられていて、頭髪を皮膚ごとむしり取られている人も居ます。そういう人は歯の治療痕などから身元を特定するので時間がかかるそうですよ」 「ほおーう・・・」 「インスピレーションが沸きませんか?」 「沸くねえ!!」 紫月さんが呆れたように溜息を吐く。 「危ないことに首を突っ込んではいけないよ」 「わかってるよ、叔父様。でも私達は文芸サークルで、これは強化合宿なの。掌編でも短編でもいいから、一本くらいなにか書かないと、ね?」 「全く・・・。そういえば、文香さんはどんな小説を書くんですか?」 「えっ、わ、私ですか?」 いきなり話を振られたので、しかも『文香さん』と昨夜のことを思い出さざるを得ない呼ばれ方をされたので、挙動不審になってしまった。 「文ちゃんは凄いよ。文字数を指定されたらその中できっちりと書いてくるの。どんなテーマでもね。そう簡単にできることじゃないよ」 「へえ・・・」 「詩も書けるんですよお!! 作詞家が向いていると思います!!」 「それは素敵だね」 「あ、ありがとうござ、ございます・・・」 私は目を逸らしてしまった。紫月さんは盲目なのに、何故だか、熱のある瞳で見つめられている気がして。 「そうだ、文香君!! 今日はこれから海水浴に行くんだが、文香君はどうするかね?? 昨日は疲れて寝てしまったのだろうし、無理には誘わないよ。だって君は、」 「竹内先輩! それ以上は言わんといてください!」 思わず大きな声と『素』の喋り方が出てしまって、恥ずかしくなる。 海水浴、か。 どうしようかな・・・。 「折角、海の近くまで来たんだし、参加しようかな」 「やったー!」 「やったあ!」 蓮くんと凛ちゃんが喜んだ。海水浴の主役は、竹内の弟の蓮くんと妹の凛ちゃんだ。久遠寺以外で海水浴に出掛けることになった。久遠寺は自室に閉じ籠り、小説を書くらしい。嘘でも本当でもどうでもいい。昨日の船頭が船を操縦し、港町に着くと、予め準備していたものに加えて色々と買い足し、海水浴場に向かった。 「ラジオ体操してからだぞー!!」 私と優君以外が海に入る。皆、準備体操として音楽に合わせて身体を動かす。 「やっほー!!」 二十五歳児の竹内が海に突っ込んでいった。 「派手やなあ・・・」 私は呆れてしまった。 「文香さんは泳がないんですか?」 「あー、誰にも言わんといてな。カナヅチやねん」 「あはっ、成程。僕と同じですね」 二人で荷物番をしながら、パラソルが作った日陰の下で海を見つめる。 「文香さんは、達観していますね」 「ええ? どこが?」 「無思慮に優しさを振りまくことはしないでしょう? ちゃんと相手を選んでいる。可哀想な人に『自業自得だよ』と言って関わらない強さも持っていますよ」 それは、なにもしていなくても雑音のように聞こえる人のこころの声と、『ダイヴ』して更に深い情報を得られるからだ。 「不安だった大学生活、上手くいかなくて失望していたかもしれない。でも、文香さんのおかげで、楽しい夏の思い出が、今、ここで作られています。貴方にお礼を言いたいです。ありがとう、文香さん」 生きたビスクドールは、人形という殻を突き破って、人間らしく柔らかく笑った。 「この夏の思い出を糧に、たまには趣向をかえて、恋愛小説や青春小説も書いてみることにします」 「そりゃええな」 「献本しますよ」 「サインもつけてくれ」 「勿論です」 海の家で食べるカレーは最高に美味かった。かき氷も悪くない。蓮くん凛ちゃんがうどんを食べたがるので、三人で分け合って食べた。 そうして楽しい海水浴が終わった。 借りたものを返し、船に乗って屋敷に戻り、後片付けや身支度を整える頃には、遊び疲れた蓮くんと凛ちゃんはもう半分夢の中。竹内が歯磨きだけさせて、夜中でも食べられるようにとおにぎりとサンドイッチ、総菜のからあげやパンを部屋に常備して、寝始めた。泳いだ面子は疲れており、夕食を終えるとあっという間に自室に戻り、寝始めた。 残ったのは、紫月さんと、透さんと、優君と、私。 「文香さん、このあと、私と話して親睦を深めませんか?」 「あ、は、はい・・・」 なにかを察したのか、透さんも優君も逃げるように食堂を出ていってしまった。紫月さんと向かい合ってキッチンのソファーに座る。執事がテーブルにジュースとフルーツを配膳して、お辞儀をして去っていった。紫月さんから伝わる感情から、この話題が避けて通れないことを理解してしまった。 「あの、紫月さん」 「はい」 「昨日、何故、あんなことをしたんですか」 紫月さんは顔を顰めた。 「私に、幻滅しましたか」 「幻滅するほど、まだ紫月さんのことを知りません」 「見えもしないのに一目惚れをしたと言ったら、呆れますか?」 私は沈黙で先を促す。 「貴方の声と、話し方が、耳に気持ち良い。ずっと聞いていたいくらいだ。酒の勢いだなんて言い訳はしません。自分の意思で貴方にキスをしました」 「・・・変な人、ですね」 私は思わず笑ってしまった。 紫月さんに『ダイヴ』する。 (拒絶しないのか? 笑った声も可愛い・・・) 『可愛い』だなんて思われていたのか。 「・・・私も、変かもね」 目を閉じたまま、紫月さんは驚いた顔をした。 「私は、身長が184cmもあるし、厚底のブーツを好んで履いてる。ファッションだってゴスパンクが好きで、化粧だって濃い。口紅なんて黒だ。髪も短い。紫月さんの目が見えていたら、私のことを好きになんてならなかったでしょう」 「もしかしたら、そうかもしれませんね。でもそれは『もしかしたら』の話だ。私達は『今』に生きている」 「一人が寂しいからって、そうやって色んな女を口説いているんじゃないんですか?」 「・・・いいですね、貴方とする初めての喧嘩も」 紫月さんは痛みを誤魔化すように笑った。 「貴方の顔に触りたい」 「化粧が崩れるんで駄目です」 「嘘がお上手ですね。化粧品の匂いがしません。汗の匂いもね。シャワーを浴びたのでしょう?」 「・・・負けました」 「フフ・・・」 紫月さんが立ち上がろうとしたので、それを制するように私が先に立ち上がり、紫月さんの隣に座った。 「触っても?」 「どうぞ」 大きくて骨ばった神経質そうな手が、私の肩に触れる。 「・・・やっぱり、線は細いな」 するすると、肩から首を伝って頬まで上がってくる。僅かに震える指先で、私の目を、鼻を、唇をなぞる。 「キツい顔立ちをしてる」 「誉め言葉です」 「睫毛が柔らかい」 「そう、ですか?」 「フフ、可愛い人・・・」 紫月さんは私の額の丸みを指先で堪能している。 「紫月さんの話も聞きたいです」 「そうかい? 仕事は翻訳家だ。目明きの時は医者をしてたので、その関係で色々とね。でもそれだけでは食べていけない。まあ、父の、誠から見れば祖父の遺産があるから、それを食い潰して生きている、寂しい男だよ」 どうして私は、昨日会ったばかりの男に、こんなにも惹かれているのだろう。 「結婚していたこともあるんだ。妻を愛していたよ」 意外な言葉に、息を飲む。 「勝気で可愛い人だった。でも、身体が弱くてね。出産に耐えきれなかったんだ。子供も産まれてこられなかった。私はそのことでこころを病んで、気付いたら目が見えなくなっていたよ」 なんともない、とでも言いたいように、紫月さんは笑う。 「歳は四十二になる。趣味はラジオを聞くことだな。でも、一方的に話をされるより、こうやって言葉でやりとりできる会話の方が好きだ。執事とはなにも話さないのでね。だから誠の提案を喜んで受け入れたというわけだよ」 「あ、あん、まり、触らないで」 「おっと、ごめんね」 「わ、私、男性経験無いんだから。刺激が強過ぎます」 『ダイヴ』しなくても、わかる。 「・・・なに喜んでるんですか」 「い、いや、そういうわけじゃ・・・」 「悪い大人ですね。初心な子供相手になにしてるんですか」 「十八歳だったっけ?」 「はい」 「二十四歳差・・・。親子ほど年が離れているな・・・」 「というか姪と一歳差ですよ」 「うわっ・・・」 「自分がしていることの重大さがわかりましたか?」 「文香さん、私は本気で、あっ・・・!?」 紫月さんの手を取り、太腿に乗せる。流石に胸に当てる度胸はなかった。心臓の音が聞かれてしまうのもあるから。 「ど、どこに・・・」 「太腿です」 ごくり、と紫月さんが喉を鳴らす。 「紫月さん、若い女の子がお金目当てで近付いてきてるとか、考えないんですか?」 「君はそういう子じゃない」 「騙される人は皆そう言うんですよ」 「仮にそういう子だとしても、構わないさ」 遠慮がちにだが、しっかりと、太腿を撫でられる。 「文香さん、君こそ、金に物を言わせたおじさんが若い子を騙していると考えないのかい?」 「貴方はそういう人じゃない」 「ハハッ。騙される子は皆そう言うんだよ」 「んっ、くすぐったい」 「こ、これ以上は駄目だ」 するり、手が逃げていく。 「もう少し、時間をかけてからでないと」 「紳士ですねえ」 「あんまり大人を揶揄うんじゃないよ」 「紫月さん以外にこんなことしませんよ。父親にも身体を触らせたことないんですから」 「ど、どうして私に・・・」 紫月さんは真っ赤になって縮こまりながら、ぽそぽそと言う。 「先手必勝で動いたのは紫月さんですよ」 「そ、それは、その・・・」 「まあ、その、なんだろ。自分でもよくわかりません。もう部屋に戻ります。おやすみなさい」 「おやすみ・・・」 私は自室に戻り、睡眠薬を飲んで寝た。
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