6人が本棚に入れています
本棚に追加
四章 切り裂き魔
「おはよう文香君!!」
「おはようございます、二十五歳児」
「ん!?」
「あっ、口が滑った」
竹内を適度に揶揄って鬱憤を晴らす。
「あら? 九条さんが居ないわね」
「寝坊かな? おい、見てきてくれ」
「かしこまりました」
紫月さんが執事にそう命じる。執事はすぐに戻ってきた。
「お部屋に鍵はかかっているのですが、何度声をかけてもお返事はありませんでした」
「九条さん、朝は弱いタイプだし、寝てるのかしら?」
「かもしれないね。おい、誠の食事はとっておいてくれ」
「かしこまりました」
九条さんの居ない食事が始まった、食事を終えると私は自室にこもり、小説を書く。集中すると時間がアイスクリームのように溶けていく。こんこんこん。ノックに気付いて時計を見ると、もう三時間も経過していた。
「あ、執事さん」
「旦那様がお呼びです」
「は、はい・・・」
だから怪しまれるからやめろっつの。
「では、わたくしは失礼します」
昨日と同じく、執事はドアの前から去っていった。こんこんこん。少し待つと、ドアを開けたのは綺麗なおばさまだった。
「お待ちしておりました、文香様」
「えっ!? あ、は、はい・・・」
部屋に通される。紫月さんは赤みがかった葡萄色の液体を手の平の中で転がしていた。
「お召し物をお預かりします」
「お召し物? ・・・えっ、脱げと?」
「はい。下着以外は、全て」
おばさまはにこにこと微笑んでいる。
「仕立て屋だよ。文香さんのために呼んだんだ」
「はっ? えっ?」
「私は隣の部屋に居る」
「はい。旦那様」
ぽかんと呆ける私。隣室に消える紫月さん。籠を差し出すおばさま。
「仕立て屋って・・・」
「昨晩、旦那様から依頼されまして、文香様のワンピースを仕立ててほしいと。さ、お召し物をお預かりします」
「・・・わかりました」
金持ちは皆こうなのか?
わからない。
仕方なく私は服を脱ぎ、籠に入れた。
「水色のワンピースを仕立ててほしいとのことです。白いレースも使うようにと。文香様はなにかご要望はございますか?」
「いいえ・・・」
採寸しながら営業トークを紡ぐおばさま。
「文香様は今おいくつなんですか?」
「十八歳です」
「まあ! 高校生? 大学生?」
「大学生です」
「なにを学んでらっしゃるの?」
「心理学を・・・」
「あらっ、こころのお医者様なんですね?」
「そうですね。将来はこころの医者になろうかと・・・」
こころを読めるからこそ、こころについて詳しくなろうとするのは、なにも不思議なことではないだろう。採寸が終わると服を着て、おばさまが選ぶ生地を手の平で撫で、選ぶ。浅葱色の、つるつるしているが柔らかい生地だ。レースはおばさまのオススメを選んだ。
「では、生地とレースはこちら、デザインはこちらで」
「はい。お願いします」
デザインもプロであるおばさまに任せた。おばさまは紫月さんが居る隣室に行くと、暫くしてから二人で戻ってきた。
「失礼します」
「ありがとう」
おばさまが部屋を出ていく。私は紫月さんに詰め寄った。
「なにしてんですかっ!」
「恋人にプレゼントをしようかと」
「わ、私、紫月さんのこと好きだなんて一言もっ!」
「昨日の夜のは揶揄っただけだって? 私を本気にさせてしまったのだからもう通用しないよ。だから言ったも同然の関係だろう?」
「・・・もうっ!」
「フフ、おいで」
紫月さんがソファーに座る。私は対面に座った。
「一人で姿見の前でニヤニヤしろって?」
「私の前で着ればいい」
「なにそれ。私より姪の心配してくださいよ」
紫月さんは楽しい雰囲気から一転、うんざりといった溜息を吐いた。
「もう子供じゃないんだ。干渉する義理もない」
「義理って、姪でしょう?」
「前も言ったが、姪だから屋敷に迎え入れたわけじゃない。寂しさを紛らわせてくれるなら誰でもよかっただけだよ」
「・・・なんで執事さんとは話さないんですか?」
「あいつだって私とは話したくないさ」
始めて見た、他人に皮肉を言うような顔。
「先代から『九条グループ』を継いだのは、私の義兄。つまり姉の婿養子だ。女だが長子である姉に継がせるか、長子ではないが男である私に継がせるかで一族は揉めに揉めた。私は医者として勉強させてもらうことを条件に、姉に跡継ぎを譲ったのだよ。私の父はそれを許さなかった。父も次男でね。跡継ぎの座に執着していたのに、夢が叶うことはなかった」
まさか。
「妻が子供を妊娠した時は『跡継ぎができた』と喜んだが、女の子だとわかると一変して妻を責めたよ。私は、妻と娘の死の責任は父にもあると思っている。私の心因性の失明は私のせいだがね。ま、一族から見れば、私も私の子供も跡継ぎの『スペア』でしかない。それを駄目にした償いをさせるため、執事として働かせているというわけだよ」
この家の執事のおじいさんは、紫月さんの、実父。
「・・・私に幻滅したかい?」
「いいえ」
「本当に?」
「『君と私は似ているね』って言いましたよね。父親が嫌いって境遇まで似なくていいのに・・・」
私は唇を舌で湿らせた。
「両親が離婚した原因。色々ありますけど、決定打は、父が私の頭を酒瓶で割って、意識不明の重体にさせたからなんですよ」
「な・・・」
「一週間くらいかなあ。目が覚めたら変な声が聞こえるようになって、長期間の虐待と頭部への衝撃でおかしくなったんだろうって、何人かの医者はお手上げ状態。母と祖母だけが味方だった。だから私、心理学を学んで、子供のこころを治療する医者になろうと思ったんです。あ、母は今はもう再婚してて、新しい父親はとても良い人ですよ」
紫月さんは言葉を失っている。
「背が高かったり、父親が嫌いだったり、医者になろうとしたり、なんでそんなところが、ってところが似てますね」
「・・・傍に来てくれ。抱きしめたいよ」
「いいですよ」
紫月さんの隣に座る。そして、抱きしめられるのではなく、私から抱きしめた。紫月さんは痛いほど抱きしめ返してくる。ふわりと漂う、落ち着いた甘い香り。柔い温もり。少し早い心臓の音。この瞬間が永遠に続けばいいのに。
どんどんどんどんッ!!
私達は慌てて身体を離した。
『旦那様!! 大変です!!』
執事だ。紫月さんがドアを開ける。
「何事だ?」
「と、兎に角、談話室へ! 文香様も!」
私達は慌てて談話室に向かった。九条さんと、蓮くん、凛ちゃん以外が集まっている。
「ふ、文香君・・・」
竹内が差し出した紙には、赤黒い文字でこう書いてあった。
『竹内蓮と竹内凛を預かった。
警察には連絡するな。
三日後に無事に返す。
ただし、罪人は皆、死ぬ』
私が読み上げると、紫月さんは顔を真っ青にした。
「蓮様と凛様は屋敷中探しましたが、どこにも居ないのです。残りは、誠様の部屋だけです」
執事が付け加える。
「合鍵があるだろう!! 何故確認しない!!」
「だ、旦那様のお許しが、」
「馬鹿野郎!! 早く鍵を持ってこい!!」
「は、はい!!」
聞きたくないのに、こころの声が濁流のように押し寄せる。
(クソッ!! 威張りやがって!!)
(蓮・・・。凛・・・。僕はどうすれば・・・)
(こ、怖い! 今すぐ逃げ出したいけど・・・)
(僕が桃子ちゃんを守らなくちゃ・・・!)
(やっべー! 面白くなってきたじゃん!)
(まずいな。どうやって警察を呼ぶよう説得しようか・・・)
(俺がしっかりせんと・・・)
(私がなんとかしなくては・・・)
押し潰されそうだ。私は必死に両脚に力を込め、背筋を伸ばした。
「旦那様、鍵です」
「早く見に行け!! いちいち私に許可を取りに来るな!!」
「落ち着いてください九条さん。おじいさん、一人じゃ危ない。俺も見に行きます。他の皆は、ここで待っててくれ」
透さんが優君の肩をぽんぽんと叩くと、優君は力強い眼差しで見つめ返し、頷いた。執事と透さんが談話室を出て、十分ほど経過する。戻ってきた透さんは顔を真っ青にしていた。
「誰も見に行くな」
「透さん、なにが、あったんですか?」
「なに、なにって、死体や。誠さんの・・・」
悲鳴、息を飲む音。
(やっば! マジオモシロッ!)
(ヘヘ、跡継ぎが一人減ったな・・・)
久遠寺と、執事のこころの声。
「写真は、撮っといた。現場に血は無い。全裸の誠さんが、内臓を切り取られて、仰向けになっとった。別の場所で殺されて、部屋に運び込まれたんや」
「じゃあ犯人はこのジジイじゃん!」
久遠寺が執事を指差した。
「なっ、なにを言うのです!」
「だって九条さんは目が見えないし、合鍵の場所を把握してるのはこのジジイだけなんでしょ? ジジイで決定じゃん! 早く警察呼ぼうよ!」
「久遠寺君!! いい加減にしろ!!」
竹内が詰め寄る。
「警察は呼ぶなッ!! 蓮と凛がどうなるかわからないんだぞ!!」
「えー? だからあ、警察呼べば二人共見つかるっしょ? てか私、小説のネタに九条さんの死体見たいんだけどー。透さん、取り敢えず写真見せてくれますぅ?」
ぱあん。乾いた破裂音。
泉さんが久遠寺をひっぱたいた。
久遠寺は床に崩れ落ちる。
「なッ!? なんで叩くの!? 私の顔に傷を付けたらパパとママが許さないんだから!!」
「貴方、自分がなにを言っているのか、わかっているの?」
「はあ!?」
「皆さん、この人は除外して話し合いをしましょう」
冷静に、泉さんが取り仕切る。
「警察を呼ぶかどうかですが・・・」
「桃子君頼む!! 呼ばないでくれ!!」
「三日後に無事に返す、を信じるんですね、竹内先輩」
「だって、だって僕は他に、どうすれば・・・!」
「ただし、罪人は皆、死ぬ」
泉さんは全員を見渡した。
「罪人。犯人は九条誠を罪人だと考えて行動した。心当たりのある人は居ますか?」
「ちょっと!! そんなことどうでもいいんだけど!! 私の顔を叩いたこと謝りなさいよ!!」
「いたっ!! 貴方は少し落ち着きなさい!!」
「なにするんだ!! 桃子ちゃんから離れろ!!」
「うっせーんだよ!! そのインテリ気取りのブス殴らせろよ!!」
「な、なんだって!? 失礼なことを言うな!!」
久遠寺、恵太郎さん、竹内の三つの感情がぶつかって、他の声が聞こえない。私は気分が悪くてその場に座り込んでしまった。
「文香さん!」
「どうした!? どこに居る!!」
優君が私に駆け寄り、背中をさする。紫月さんは空中で手を漂わせた。
「す、すみません! 大丈夫です!」
紫月さんに届くよう、周りの声に掻き消されないよう、張り上げる。
「痛いッ!! やめろッ!! やめろおッ!!」
「久遠寺さん、落ち着かれへんなら捻じ伏せるしかないんや。静かにしてくれ」
透さんに腕を掴み上げられ、久遠寺が顔を真っ赤にする。
「優君、警察を呼びたいところやけど、誠さんの死体を見ればわかる。犯人はイカれとる。約束を守らんかったら、蓮くんと凛ちゃんは無事では済まへん。悔しいけど、耐えるか?」
「そう、ですね。この場に居るのは九人。半分に分かれて、襲撃に備えるのがいいと思います」
優さんが言う。
「襲われなければ被害者が出ることもない。三日間耐えて、蓮くんと凛ちゃんが帰ってきたら警察を呼ぶ。竹内さん、それでいいですね?」
「は、はい・・・」
「もし、三日経過して、蓮くんと凛ちゃんが返ってこなくても、警察を呼ぶ。これ以上の譲歩はできません。いいですね?」
「・・・はい」
「ちょっと!! 私はジジイとブスと一緒は絶対嫌だからね!!」
もう、久遠寺の暴れ狂う声で竹内の声すら聞こえない。
「グループ分けは、紫月さん、透さん、竹内さん、文香さん、久遠寺さん。それから、僕、恵太郎さん、泉さん、執事のおじいさんで、どうですか?」
「ちょっと!! そのブス、恋人と一緒じゃん!!」
「ええ加減にせえや。文句あるんやったらあんた一人で頑張ってくれてもええんやで」
「なにその言い方!? 私に死ねって言うの!?」
「久遠寺さん。そこまでは言っていません。ですが貴方の言動は目に余るものがあります。輪を乱すなら一人で行動してくださいとしか言えません」
「ッチ!! あっそ!! 言う通りにすればいいんでしょ言う通りにすれば!! ただしそこのブス女、絶対に傷害で訴えるからね!!」
「好きにすればいいわ」
「・・・食事に毒を盛られている可能性もあります。未開封の缶詰やペットボトルを持って一つの部屋に閉じこもりましょう。紫月さんの部屋は広いですか?」
「それなりには・・・」
「では、そちらは紫月さんの部屋に。僕達はどうしましょう?」
「僕の部屋に未開封の食品と飲料水がいくつかあるよ。どうかな?」
「では僕達は恵太郎さんの部屋に行きましょう。紫月さん、執事さんとはどうやって連絡を取っていたんですか?」
「『ポケベル』だ」
「ポケベル・・・」
「ポケベルなら使い慣れているので見えなくても操作ができる」
「わかりました。なにかあったら連絡を。食料を持って部屋に行きましょう」
私は身体に鞭を打つ気持ちで食料を持った。
「優さん、ありがとうございます」
「いいえ。慣れていますから」
「な、慣れ・・・?」
「ちょっと、ちょっとね」
泉さんの礼に、優君はそう答えた。
紫月さんの部屋に戻る。
優しい匂いのおかげで少し余裕ができた。
順番に『ダイヴ』してみる。
(誠・・・。どうしてこんなことに・・・)
紫月さんは『シロ』だ。そもそも盲目の彼に犯行は無理だろう。
(優君、大丈夫かな。ここに居る人らは俺がなんとしてでも守り抜かんと・・・)
透さんも『シロ』だ。
(蓮・・・。凛・・・。僕の命に代えてもいい・・・。無事で、無事でいてくれ・・・!)
竹内も『シロ』。というか疑うのが申し訳ないほどに憔悴している。
(あー! ムッカつく! バカガキが二匹どうなろうと知ったこっちゃないわ! それよりあのインテリ気取りのブス女とゴミクズ男にどうやって土下座させようかしら!)
久遠寺はただの馬鹿な気がする。ちょっと『グレー』な考え方をしているが『シロ』だろう。これで『クロ』だったらアカデミー賞が取れる。
ということは・・・。
向こうのグループに、犯人が居るかもしれない?
外部の犯行だという可能性だって十分にある。
「あー、つまんない。お酒とかないんですかあ?」
「部屋の隅の冷蔵庫にある。勝手に飲め」
「うわっ、冷たい! 冷蔵庫より冷たーい!」
久遠寺はきゃっきゃっと笑いながら部屋の隅の冷蔵庫を開け、高そうな酒をラッパのように飲み始めた。
「うわっ! うまー!」
「隅っこで黙って飲んでくれや」
「言われなくてもお前らとなんか喋りたくないわ。話しかけんなよ」
久遠寺はもう猫すら被らない。ずっと立っていた私は落ち込んでいる紫月さんになにか言葉をかけたくて、なにも出てこなくて、ただ黙って隣に座った。紫月さんの対面には漂白されたように真っ白になった竹内が座っている。
「透さん・・・」
「なんです?」
「その、その・・・」
竹内は黙り込んでしまった。
「透さん、誠の死体はどうなっていたんですか?」
紫月さんが聞く。竹内はこれを聞きたかったのか、言葉では表せない複雑な表情をした。犯人の猟奇性を少しでも確かめて、弟と妹の現状を推測したいのだろう。
「血は、一滴もありませんでした。あんなに盛大に腹が裂かれているのに・・・。別の場所で殺されて運び込まれたのは一目瞭然です。手首と足首に似た形の痣がありました。恐らく縛られていたのかと・・・」
「顔は?」
「・・・顔、ですか」
「答えてください」
「・・・苦悶の表情、でした」
「そうですか・・・」
「胸の谷間から臍の下まで、真っ直ぐに切られて、内臓は空っぽ。専門知識、医学に通じてる者、そして慣れた者の犯行に間違いありません。誠さんは今朝には、恐らく」
「ということは、犯行はそれよりも前に・・・」
「深夜から早朝、ということになりますね」
「あのっ、蓮と凛は、九条さんに許可を貰って、書斎で本を読んでいたはずなんです。食事を終えて、一度部屋に戻って食後の歯磨きをして、そのまま書斎に・・・」
「連れ去られたのは食後、か。内部の犯行か、外部の犯行か。どこに潜んでいるのか、なにが目的なのか・・・」
「九条君が、罪人・・・?」
「九条さん、姪の誠さんが『罪人』という言葉に、なにか思い当たることはありますか?」
「いいや、全く・・・」
重たい沈黙が横たわる。
「文香さん、大丈夫か?」
「大丈夫です」
本当はちっとも大丈夫じゃない。でも、私より紫月さんと竹内の方がつらいはずだ。弱音なんて吐けなかった。
「どうせ交代で見張らなあかんねんから、文香さんと竹内さんは寝とき。二人共めちゃくちゃ疲れた顔してるわ」
「寝室に予備の枕と毛布がある。空調で冷えすぎないように、使ってくれ」
「眠れ、るかな・・・」
「竹内先輩、市販の睡眠薬ならあります」
「いいのかい?」
「はい。使ってください」
私はポケットに緊急時に使うための睡眠薬のシートを忍ばせている。もっと強い薬を飲んでいるため効果はあまりないが、お守りとして安心感を得られるのだ。一回二錠。竹内に渡す。紫月さんがコップにミネラルウォーターを注ぎ、竹内に渡した。透さんが持ってきた枕と毛布を使い、ソファーに横になった竹内は、静かに寝息を立て始めた。
「文香さんも寝えや」
「はい」
「君はこっちだ」
紫月さんが立ち上がり、隣室に繋がるドアを開ける。枕と毛布を取ってきた場所なので寝室に間違いないだろう。
「ちょお待ってや九条さん。依怙贔屓はあかんで」
「ドアを開けていればいいだろう。私も傍で見てる」
「『見てる』って目ぇ見えないくっせにー!」
酔っぱらった久遠寺が余計なことを言う。
「残念やけどこいつの言うこと一理ありや。恋人だけベッドで寝かそうなんてあかんで。今は共同体やねんから俺達」
「へっ? 恋人?」
「なに驚いとるねん。見てわからんのか?」
私も久遠寺も顔を真っ赤にした。全く別々の意味で。
「わかってないの本人達とお前だけや。せやから九条さん、どうしても甘やかしたいなら膝枕でもしとき」
「・・・わかった」
紫月さんが枕と毛布を持って戻ってきた。ソファーに座り、自分の太腿に凭れかけさせるように枕を置き、私を待つ。甘やかしてもらっている場合ではないが、ぐわんぐわんと視界が揺れて限界なので、大人しく枕に頭を乗せた。ふわり、と上等な毛布が身体を包み、肩に手を置かれる。
「・・・目が見えたらな」
「寝顔見たいんですか?」
「触ればわかる。綺麗な顔立ちをしている。寝顔も可愛いだろう」
「会って三日目とかですよね?」
「そうだよ。初めて会った夜に話し相手になってもらってね。もうその時から夢中だ」
微睡みの中、二人の会話が聞こえる。顔が赤くなっていないだろうか。もし赤くなっていたら恥ずかしい。
「でも、もう、会えなくなるな」
「なんでです?」
「殺人事件が起きてしまったんだ。私はこの屋敷から出ることを許されない身分。この子の親だって、会いに来ることを許さないだろう」
「うーん・・・」
私は夢を見た。
確かに夢を見た。
でも、目覚めたら忘れてしまった。
「もう起きてしまったのかい?」
紫月さんが小さな声で言う。
「いま、なんじ・・・?」
「わからない」
「あれ? 透さんと久遠寺は?」
「透さんはトイレに。久遠寺さんは・・・。我儘を言って部屋を出ていってしまったよ。透さんも呆れて、私ももう手が付けられなかった」
「あいつめちゃくちゃや・・・」
「フフッ。竹内さんと文香さんが起きたら、透さんが探しに行く予定だったんだ。でも君は、もう少し寝た方が良い」
「あたま、あたま、いたい・・・」
「薬を取ってきてあげよう。横になっていなさい」
「ちがう・・・」
ぱちぱちと視界に白い花火が散る。
「大丈夫だよ」
なにが原因で頭が痛いのか。紫月さんは察してくれたらしい。
「俺が傍に居る」
私は再び、眠りの世界に堕ちていった。
最初のコメントを投稿しよう!