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保健委員の資料を持って保健室へ行った。
「ありがとう、ご苦労様。ところで、今悩みとかない?」
養護教諭の遠藤先生は、いつでも、誰にでも、この質問をする。
「特にないです」と、いつもなら答えるのだけど、今日はしばらく考えた。
「どうした? なんでもいいよ、気になるなら言ってみて」
「あの、英語の成績を上げるにはどうしたらいいかなって」
「ふむふむ、英語かぁ。ちなみにどうして成績を上げたいのかな?」
以前は、貴女に私の存在を知ってもらいたかった。そのために成績を上げたかった。
でも今は、ちゃんと存在は知られているはずだ。だから純粋に成績を上げて認められたい。褒められたい。貴女の教えてくれる教科を好きになりたい。
「えっと、好きになりたいから」
「ほぉ」
遠藤先生は、視線を動かした。
「そんなの簡単よ」
「へ?」
声が聞こえた方を見れば、貴女がいた。
「成績を上げられて、英語が好きになる方法、教えてあげる」
「先生? なんで」
なんで、こんなところにいるの。
聞かれてた。
私、変なこと言ってなかったかな。
ばれてない......よね?
私の驚きなんて全く意に介してないようで、嬉々として続ける。
「普段から英語で喋るの、どう、簡単でしょ?」
「いや、無理」
「In English,please 」
「いやいや」
「In English,please」
「うぅ--What did you here?」
「Oh, I was taking a nap.」
「まじで?」
先生が保健室で昼寝って。
「Keep it to yourself.」
と、ウィンクなんかされたら、堕ちないわけがないじゃないか。
それから、貴女との会話では時々英単語が交じるようになったけれど、成績が大幅にアップすることはなかった。
それでも、今までよりも会話が多くなったから、私としては大満足だ。
他の生徒とは普通に日本語で話しているから、特別感があってそれもいい。
そんなふうに浮かれていたら、季節は進んでいた。
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