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「大丈夫?」
珍しく、真面目な顔の貴女がいた。
「What ?」
「ため息が多いよ」
珍しく、日本語で返ってきたし。
「そうですか?」
「気付いてない方が心配だわ。なに? 受験の悩み?」
「別に。寒いからですよ」
はぁぁ、と息を吐いて手に吹きかけた。
ほんとは気付いてる。受験よりも憂鬱な事--卒業--つまり、貴女と離れる事。それが、どんどん近づいているのだ。
明日で二学期が終わる。
休みが明ければ、二ヶ月なんてあっという間だ。
「そうだ、冬休みどっか行こう!」
「はい?」
「勉強ばかりじゃなくて、息抜きも大事なんだよ」
「へ?」
「いつも、いろいろ手伝ってくれるからお礼も兼ねて特別に連れてってあげよう」
「どこへ?」
「ん〜どこがいいかなぁ。任せてくれる?」
「はぁ」
頭が追いついていかない。
なにこれ、どういう状況?
どこか行くって、出掛けるってことで合ってるのかな?
それって二人で?
いやいや、あんま期待しない方がいいか。他の先生や生徒も誘うかもしれないし。
結局、聞けなかった。
二人で行くの?
それはデートなの? とは。
「日時と集合場所、明日までに考えておくから」
「はい」
休みに入り、約束の日。
私は駅にいた。時間は少し早めだ。キョロキョロと周りを眺めるが、同じ学校の子はいないようだ。
スッと車が近づいてきて停まった。
「お待たせ、乗って!」
貴女の声がした。
「えっ」
集合場所は駅だったから、電車で出掛けると思ってたのに、車?
おずおずと助手席へ座ると、静かに走り始めた。
暴れるな心臓、落ち着け!
「どうした? あ、車酔いする? これ飲んでいいからね」
ペットボトルのお茶が用意してあった。遠慮なく一口飲んで、後ろを振り返る。誰も乗ってない、二人きりだ。
「ん? 小さい車でごめんね」
「いえ、あの、二人で?」
「うん。だからさ、少し遠出するね。バレるといろいろ厄介だから」
「はい」
ようやく落ち着いていた心臓がまた暴れ出した。
「海?」
「冬の海って好きなんだよねぇ。寒いけど、出てみる?」
「はい」
海岸線を少し歩いて、砂浜に降りた。
ゆっくり歩きながら、いろんな話をした--英語も交えて。
進路のことから、最近ハマっているスイーツの話や、他の先生の噂話まで。
時々は止まって海を眺めたり。
「波ってほんとに白いんだ」と言ったら「詩人だねぇ」なんて返された。
私は、この景色を一生忘れない。
潮風になびく黒髪を見て、卒業したら髪を伸ばそうと誓った。
「楽しかった?」
家まで送ると言ってくれたけど、駅に自転車を置いてあるから、朝と同じ場所で降ろしてもらった。
「はい。明日死んでも後悔しません」
「やだ、死なないでよ?」
「それくらい楽しかったです」
「ん、ではまた。新学期にね」
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