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1.いらない
シュンとアオイを目にしたとき、綺麗な男の子たちだなあ、と思った。
家が隣同士だというシュンとアオイは、ふたりで行動することが多かった。それは子どものころからで、あまりにもふたりでいることが自然過ぎたために、ナナハは最初、彼等は兄弟なのかと思っていた。
その彼らとナナハが親しくなったのは、小学二年生のころ。同じクラス、同じ班になったときだった。ナナハは近所でよく見かけていたそのふたりが兄弟ではなく、幼馴染同士だと知った。
彼らは確かにふたりでいることが多かったが、同じ班のナナハに疎外感を与えるようなことはなかった。もともと、女の子とつるむよりも男の子とサッカーでもしているほうが落ち着くナナハと、少年らしく外を駆けまわっている彼らは波長が合った。
以来、ナナハにとって一番親しい友人は、シュンとアオイになった。
ただ、彼らがお互いを見る目と、ナナハを見る目は違う。
そしてそれを表すように、今、彼らの黒髪の中には、鮮やかに存在主張するスカイブルーがある。
恋心を示す、青空色の毛束。
ナナハは手すりの陰から見つめる。旧校舎の踊り場にアオイとシュンの姿がある。壁に背を預けて立ったアオイを、正面から抱きしめるようにしてシュンがいる。
彼らの唇はそれが定められたことだと言わんばかりに、ひっそりと寄り添いあっていた。
アオイの指先がシュンの髪にくぐらされ、シュンの右耳の後ろに伸びている青空色の髪に触れる。
それにこたえるように、アオイの唇を吸ったままシュンはアオイの左耳に触れる。シュンの日に焼けた指がアオイの名前を思わせる色の髪に絡められていた。
恋をしている。
その証明の色。
お互いの色を愛おしむような彼らの指の動きからナナハは目を逸らし、足早にその場を離れた。
気まずかったからじゃない。
見ていられなかった。
見ていたくなかった。
足音を忍ばせていたのは最初だけ。彼らの姿が完全に視界から消えたとたん、ナナハは走り出した。息を切らせて廊下を走り、女子トイレに飛び込む。
ぜいぜいと息を整えながら鏡を見つめ、ナナハは唇を噛む。
こちらを見返してくる女の髪は真っ黒で、青い色は皆無だ。だが。
ナナハはそうっと右耳にかかった髪をかきあげる。耳の後ろ、闇色の中に青空を思わせる色がわずかに覗いていた。
「また、伸びてきてる……」
呟き、ナナハは洗面台を腹立ちまぎれに叩く。
染めても、染めても、きりがない。
何度葬っても青い恋心は伸びてくる。
いっそ、引っこ抜いてしまえばいいのか、とも思って闇雲に抜いたこともあった。けれど、恋を示す青い髪束は抜いてもすぐに生えてきた。
消せないのだ。どうしても。
消したいのに。持っていたって重荷にしかならないのに。
それなのに、消えてくれない。そして抜こうが染めようが伸びて来るこの青い毛はナナハに思い知らせ続ける。
お前はまだ、彼に捕らわれている、と。
「いらないのに」
苦い呟きが、冷えたトイレのタイルに吸い込まれていく。
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