4.アオイ

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4.アオイ

──少し出て来れる? 話があるの。  メッセージを送ると、すぐ了解の意を表すスタンプが返ってきた。時刻は七時をとうに過ぎていたけれど、ナナハの家同様、アオイの家も両親の帰宅が遅いことを、付き合いの長さからナナハは知っていた。  待ち合わせ場所に指定した公園のブランコに座っていると、白いシャツをはためかせ、アオイが駆けてくるのが見えた。 「ごめん、待たせて」  笑って彼はナナハの隣のブランコに腰を下ろす。がしゃり、と音と共にナナハのブランコにも振動がわずかに伝わった。 「どした? なにかあった?」  穏やかに問いかけてくるアオイの顔。彼から目を逸らし、ナナハは密やかに呼吸を整える。 「アオイ、さ、気づいてた?」 「なにを?」 「シュンの髪に、ネモフィラ、咲いてた」  アオイはなにも言わない。ちら、と横目で窺うとアオイは目を伏せていた。 「知ってたよ。隠そうとしても無理だろ。あんなの」 「……どう思う?」 「どう? どう、と言われても、シュンの気持ちだし……」  いつも冷静な彼の声にわずかに淀みが生まれる。ナナハはきゅっと唇を引き結んでから、そうっと言葉を押し出した。 「シュンが好きなのは……アオイだよ」 「……は?」  アオイの表情が揺れる。驚いたように目を見開き、こちらを見たアオイにナナハはゆっくりと一言ずつ言った。 「ねえ、アオイ。一緒にいられる? シュンはアオイのこと、好きなんだよ。でもアオイは違うじゃん。シュンはただそばにいられればいいって思ってるみたいだけど、それってどうなんだろうね」  言葉を重ねる自分の口が腐りそうだ。  それでも、ナナハは言わずにいられなかった。  だって、シュンは邪魔だ。恋を知ってしまったシュンがいたら、ナナハが安心して笑える場所がなくなってしまう。  だから、最初からこうするつもりだった。 「シュンのためを思ったら……距離置いてあげるほうがいいのかもしれないけど。アオイはどう思う? シュンのこと、好きになれる?」  シュン、ごめんね。でもこうするのがきっとお互いのためにいいんだよ。  心の内でシュンに謝る。きりきりと胸は痛んだけれど、その気持ちは見ないふりをして、ナナハは痛ましい顔をする。  アオイは押し黙ったままだ。アオイ? と呼びかけたとき、すうっとアオイが顔を上げた。 「ごめん。なんだろう。それ……ナナハからは聞きたくなかったってなんでだか思ってしまった」 「……え」  どういう意味だろう。  首を傾げたナナハをアオイは無言で見つめる。真っ黒な髪が街灯に照らされ、滑らかな光沢を抱いて流れ落ちるように、アオイの形の良い頭を覆っている。  触ってみたいな、と少し、思った。  けれど、ナナハが手を伸ばすより先に、アオイは、かしゃり、と音を立ててブランコから立ち上がった。 「話はわかった。うん。そうだね。距離、置いてあげたほうがいいね」  教えてくれてありがとう。  いつも通りの涼やかな笑みを浮かべ、アオイは去っていく。ゆっくりと遠ざかっていくアオイを瞬間、呼び止めたくなった。  けれど、できなかった。  どうしてもできなかった。
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