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3章11 懐かしい名前を呼ぶ人
振り向くと、背後に立っていたのはダークブロンドのストレートヘアに緑の瞳の女性だった。
「何か用かな?」
不用意に人に接触させないためにか、セシルが一歩進み出た。
「あの、今ハンカチを落としませんでしたか?」
薄いピンク色にレースのフリルが着いたハンカチを差し出す女子学生。
「あ、そうですね。ありがとうございます」
「いいえ……」
ハンカチを受け取ると、女子学生は何故かじっと私を見つめてくる。
「あの……?」
「まだ、何かあるのか?」
フレッドが女子学生に話しかけた。
「い、いえ! な、何でもありません。失礼しました!」
女子学生は何処か慌てた様子で背を向けると、時折こちらを振り返りながら去って行った。
「……一体、今のは何だったんだろうね?」
セシルが問いかけてくる。
「さ、さぁ……?」
首を傾げると、フレッドがポツリと口にした。
「ひょっとして知りあいだったんじゃないのか?」
「でも知り合いと言っても今のクラリスの姿を知っているのは、極限られているじゃないか」
「まぁ、確かにそうなんだが……彼女に心当たりはあるか?」
フレッドがチラリと私を見る。
「……よく分からないわ。6年も経てば人の顔も変わるし、目が覚めてから新たに知り合った人たちは、あなた達だけだもの」
「ひょっとしてクラリスがあまりにも綺麗見惚れていただけなんじゃないか?」
セシルが冗談めかした言い方をする。
「それは無いと思うけど……」
「まぁ、別にどうでもいい。教室に入ろう」
フレッドに促されて、教室へ入ると中は広々とした階段教室になっていた。既に席の大半は埋まっている。
「少し教室に入るのが遅すぎたか?」
フレッドが周囲を見渡す。
「私は別にどの席でも大丈夫よ」
「それじゃ、あの席に行こうか」
セシルが中央の席を指差し、3人で一列になって席に向おうとしたとき。
「君たち、ここに座るといいよ」
不意に声をかけられて、私達は足を止めた。
「あ……」
その青年を見た時、思わず声が漏れてしまった。
何故なら声をかけてきたのはアンディだったからだ。
「そう言えばアンディも同じクラスだったな」
「何だよ、忘れていたのか? 酷いじゃないか」
「アンディは忘れていたかもしれないが、俺は覚えていたぞ」
親しげに会話をするセシルとアンディにフレッド。なんとなく気まずい私は、少しだけ距離を開けて3人の様子を伺っていた。
すると、突然アンディが笑顔で私に手招きしてきた。
「こっちへおいでよ、クラリス。僕の隣に座りなよ」
誘いに乗っても良いのだろうか……?
セシルとフレッドを見つめると、2人とも黙って頷く。そこで私は言われるままにアンディの隣に座った。
その後ろの席にセシルとフレッドが座る。……もしかすると気を使ってくれているのかもしれない。
「元気だったかい? ユニス」
着席するとアンディが笑顔で話しかけてきた。名前だけは小声で、私だけに聞こえるように。
ユニス……。
アンディの口から、かつての名前を呼ばれて胸に熱いものがこみ上げてくる。
「え、ええ。……やっぱり、アンディは私の事情を知っているのね?」
セシルとフレッドからアンディは私の正体を知っていると聞かされていたけれども、にわかには信じられずにいたのだ。
「もちろんだよ。6年前、林の入口でリオンと一緒に倒れている君を発見したのは僕だったんだから。その時は既に今の姿になっていたしね」
「私は自分がこんな姿に変わっているなんて思いもしなかったわ」
「それは当然だよ。鏡でも見ない限り、自分の姿を見ることは出来ないんだから。君が目を覚まさないと聞いて。ずっと心配していたんだよ。何度も入院先に足を運んだけど、お見舞いに行くことすら許されなかったからね」
「そうだったの……? 心配かけてしまってごめんなさい」
まさかアンディがそこまで私を気にかけていたとは思わなかった。
「あの時の詳しい事情を知りたいかい?」
「え?」
「君が望むなら、教えてあげるよ。リオンのことも含めて」
アンディは真剣な眼差しで私を見つめてきた――
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