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『これ以上あなたに話すことなんて何もないわ。さよなら』
冷たく相手役の男性に言い放ち、スッと背を向けて立ち去るハル。
小さくなるその背中を、男性は呆然と見送る。
すると颯爽と歩いていたハルが、クキッと足をくじいてよろめいた。
真顔で見つめていた男優も、思わずズコッとなる。
カット!の合図のあと、一斉に笑い声が上がった。
「おーい、ハルちゃーん」
「ごめんなさい!」
眉をハの字に下げ、両手を合わせてハルが謝る。
「シリアスないい演技だったのにな。スタスタスタ、コケッ!みたいなオチ」
監督らしき人の言葉に、あはは!とまた笑いが起こる。
そのVTRを見ながら、倉木も思わず笑みを洩らした。
その次は、愛する人を想って涙する難しいシーン。
ハルは、彼が出て行った部屋で一人、静かに涙を流す。
切ない表情をアップで捉え、倉木も思わずハルの演技に引き込まれた時だった。
グルグルグルグルー…
割り込んできた音に、なんだ?と思っていると、ハルが気まずそうに困った顔になる。
「カットー!」
「おーい、ハルちゃーん!」
「ごめんなさい!」
またもやハルが両手を合わせて謝る。
「さっき、天丼ガッツリ食べてたよな?あれは幻か?」
冷やかしの言葉に、ハルのお腹が鳴ったのだと分かる。
「もうワンテイク、泣ける?」
「大丈夫です!今のこの残念な気持ちを思い出せば、泣けます!」
あはは!と、ハルの言葉にまた笑い声が上がった。
(へえ、谷崎さんってこんなに天真爛漫な子だったんだ)
倉木は自然と微笑みながら、モニターを見つめる。
次のシーンもシリアスで、彼の手を振り解きながら「もう嫌!これ以上傷つきたくないの!」と走り去るはずが、セリフを噛みまくってしまう。
「傷ちゅきたくないの!」
「きじゅつきたくないの!」
「きじゅちゅきたく…え?何が本当なの?」
最後には「これいぞう…傷ちゅ、もう傷ついちゃった」とこぼす始末。
「おーい、ハルちゃーん。傷ついちゃった、って愚痴はちゃんと言えたのに」
「あはは!惜しい、そっちじゃない!」
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