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5月23日夜9時、実家。大変なことになった。父が宮司さんの手配を忘れていた。納骨の手伝いの業者さんしか来ない。父がきちんと手配出来るか確認するように伝えた弟は不貞腐れている。
「俺は手配出来た?って聞いたって」
「手配は業者のことだろ?」
「お葬式にも宮司さんいただろ?」
「納骨に呼ぶとは誰も言ってない!教えてくれなきゃわからないだろ!」
父と弟の二人に任せた私が馬鹿だった。私は宮司さんを手配してから納骨する業務フローチャートを父と弟に書類にプリントアウトして読み上げてから渡したのに二人ともたぶん、いや絶対に読んでない。
「もういいよ。今から頼む訳にいかないからお別れの会に変更してそれらしく挨拶するから私が」
父がふと思い出したように言う。
「ちさ、作文得意だったよな?」
「得意だから挨拶の文章は書く」
「祝詞書いてくれよ、母さんのために」
「はあ?祝詞なんてあげたことないから無理だって」
「姉ちゃん、演劇部で巫女やってたじゃん」
「あれは役だから。台詞も祓詞だけであれは五十日祭の祝詞とは違う」
「ネットで調べればなんとかなるよ、姉ちゃんは作文だけじゃなく調べ物も得意だし」
「お父さんが手配出来たかダブルチェックするのはあんたの役目なのに、何してた?この抜け作!」
「こっちだって仕事忙しいし仕方ないだろ!」
「もういい!祝詞やればいいんでしょ!どうなっても知らない!祟るならこいつとこいつで。お母さん、私は外してよね」
キレながら懐かしい久しぶりの自室に戻り、祝詞を調べる。YouTubeとネット記事を検索してなんとかそれらしく作り、読み方を練習する。なんとかそれらしく形になってお風呂に入って寝るときはもう明け方だった。
5月24日、朝。二時間しか寝てない、目の下はクマだらけ。眠気で意識が飛びそうな中、寝坊助な父と弟を叩き起こしてご飯を食べさせる。私が起きなかったら朝御飯なしだった。全くこの家の男どもは家事は母か私任せ。弟は奥さんに嫌な思いをさせてないか心配だ。自宅では家事をやってるんだろうか。溜め息が出る。
殆んど寝てない私は弟に運転を任せ車中でうたた寝。うたた寝しながら朦朧とした意識の中、思い出した。納骨を手伝う業者さんに祝詞は故人から見て娘が奏上することを伝えていない。業者さん、ごめんなさい。年末に放映されていたテレビ番組の「笑ってはいけない」みたいになる。素人の変な音程の祝詞を笑わずに耐える、苦行過ぎる…。笑って全然OKです、宮司さんを手配し忘れた父と弟が悪いんで。なるようになれと車のシートに深く身を預けると、LINEの通知音が響く。いけない、マナーモードにしなきゃ。スマホを開くと、職場LINEグループのポップアップが忙しい。
「下川さん来なさそうなのは知ってるけど店長は?」
「スマホ出ない、通話もLINEも」
「鍵持ってる社員誰か来て、店に入れない!」
やーい、ざまあみろ。既読をつけないでスマホをマナーモードにしてポップアップだけを見る。寝てないのに面白くて目が冴えてきた。
「店長救急外来から入院だって、いきなり」
え?店長は、やっぱり無理してたんだ。「過労死する前に病院サクッと行ってください」って言っておいて良かった。
「どうするの?マネージャー別店オープン作業してるからあと二時間かかるって」
パニクって苦しめ苦しめ、困れ困れ、全部自業自得。当日欠勤の代打出勤を店長と私にほぼ丸投げしてたんだから因果応報。個人トークで店長からLINEが届く。
「腸に穴空いてるから手術って言われた…チョー痛い、腸だけにwつまらないか、入院してごめん」
「謝らないでください。四十九日、うち神道なんで五十日祭って云うんですけど、納骨が終わったら急いで店に戻ります。店長はゆっくり休んでください。ちゃんと入院して手術出来るように店長の分まで頑張ります」
「いや、いいよ。今日はみんなを困らせよう。LINE既読つけないで読むの楽しいw」
「私もやってますよwポップアップ面白いw」
「たまには休まないとね、お互いに」
「ですね」
そこで店長との個人トークLINEは途切れた。
職場グループLINEが阿鼻叫喚のパニックだ。
「マネージャー助けて。クーポン券持ってる客に開店はまだか!って怒鳴られた」
「てめえいい加減にしろ!ってキレてるのがいる、怖い」
「臨時休業の貼り紙出してもいいですか?」
マネージャーからの返事は冷静だった。
「休業はダメ。誠に勝手ながら本日の開店は12時です申し訳ございませんにして。今オープン作業が出来る人にタッチして今そっちに向かってる」
まあ何店舗も店を見て長年マネージャーをやってれば、こういうアクシデントも一度や二度、経験はあるだろう。マネージャーがいればなんとかなる。目が冴えて眠れないので祝詞の原稿をもう一度音読する。慣れない言葉遣いなので噛みやすい。
小高い山の上のお墓で納骨のお手伝いをする業者と落ち合った午前10時、今度は下川家の全員がパニック、いやサプライズに驚いた。
なんとお墓に薔薇の花が供えてあったのだ。
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