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業者さんの言うことを整理するとこういうことらしい。
「墓誌に名前を刻む前には薔薇の花は無く、墓誌に名前を刻んでから薔薇の花は供えられた」
誰?えっマジで誰?
綺麗な薔薇の花供えてくれたのは一体…。
どう考えてもうちの母が「百万本の薔薇の花」という歌が好きだと知ってる人だ。その話を私はネット小説ということにして既に書いてアップしてある。
・母から見て親しい人のサプライズ
・父から見て親しい人のサプライズ
・私から見て親しい人のサプライズ
・弟から見て親しい人のサプライズ
・他の誰かのお墓と間違えた慌てん坊さん
・母が幽霊としてこの花がいいと持ってきた
家族と業者さんで薔薇の花はこのどれかの可能性であるだろうという結論に達した。小説を書いてることは業者さんには言っていない。
どうにも、私のネット小説に書かれたフラグを綺麗に回収してる気がしてならない。母はカラオケに行ってもなかなか歌わないタイプで、マイクを押し付けてやっと歌う。だから母が「百万本の薔薇」という歌を好きだと知っている人は相当少ない。
業者さんもいるのであまり薔薇の話ばかりしていられない。私は司会として挨拶をする。
「本日は日差しが照り付ける暑い中お越しいただき誠にありがとうございます。施主下川泰造の娘の下川ちさでございます。これより母下川利津子の五十日祭を始めさせていただきます。施主である父、下川泰造の強い希望により祝詞奏上は僭越ながら私が勤めさせていただきます。神道では五十日祭が忌明けでございます。祝詞奏上の後に二礼二拍手一礼をします。忌明けの本日より音を立てて柏手を打てます。忍び手は忌明け前までとなりますので、皆さま音を立てて柏手をお願いいたします」
業者さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐ神妙な顔に戻ってくれた。プロなんだな、いい意味で。素人の祝詞だから笑わせたらごめんなさいね。心の中で謝りつつ、原稿用紙に書いた祝詞を取り出す。本来なら半紙に筆だがそこは小説家なので勘弁して貰う。
「かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ
つくしのひむかのたちばなのをどの
あはぎはらに
みそぎはらえたまひしときになりませる
はらえどのおおかみたち
もろもろのまがごとつみけがれあらむをんば
はらひたまへきよめたまへと
まもをすことを
かしかみかしこみまもをす」
ここまでは祓詞で学生時代に巫女さん役で台詞として詠んだことはある。ここからはYouTubeとネット記事と、昔の祖父母の五十日祭の記憶で作った祝詞を奏上する。祝詞の途中で母の生涯を紹介する部分は、行きの車の中で父が、
「宮司さんより上手いな、母さんの生涯のとこ」
ふっと微笑んでくれた。一応趣味で物書きをしてるのと、お母さんの人生を説明するなら家族の方が上手いに決まってる。家族の意向を汲んでお葬式の時間が迫る中で書く他人とではそりゃ家族が勝つ。プロの宮司さんにも限界はある。家族が書けば上手くは生涯は書けるだろう。ただ、祝詞の音程や抑揚はプロの宮司さんには及ばない。
喪服で祝詞を読み上げながら、薔薇の花は霊になった母がどこかの花屋から勝手に拝借してきたのかもしれないと思った。
(誰のことも祟らないし怒ってないから大丈夫、祝詞ありがとう。綺麗よね、薔薇の花)
そんな声が聞こえた気がした。
まあ、幽霊の仕業なら窃盗罪の構成要件は満たさない。どこの花屋か知らないけど日本は法治国家なので潔く諦めてほしい。
(お母さん。もうお花屋さんのお花は勝手に拝借しちゃダメだよ?幽霊は窃盗罪の構成要件満たさないからってそれはもう止めてね。私が毎年薔薇の花を買ってくから)
祝詞をなんとか奏上した後に音を立てて柏手を打った。業者さんの手で墓石の真下のカロートに仕舞われるお骨に語り掛けた。
業者さんにお礼の挨拶とお支払いと領収書のやり取りをして、業者さんは一礼してお墓から去っていく。うちのお墓の敷地の階段を降りて去り際にもう一礼してから、こう言ってくれた。
「心の籠った祝詞でじわっときました」
この業者さん誰かに似てるような気がするけど誰だっけ?とっさに思い出せない。
「いえいえ、実は宮司さんの手配を完全に忘れてまして。昨夜気がついたので僭越ながら私が祝詞を。お心遣い、いたみいります、ありがとうございました」
業者さんは一礼して、こちらこそありがとうございましたと言って去って行った。ああ、誰に似てるか思い出した。元彼にほんの少しだけ雰囲気が似てるかもしれない。父が貰った名刺の名前は全然違うし、流石に再会したら気づく。声は似てない、ただ全体的な顔立ちやシルエットが似てるんだ。
あの人も元気にしてればいいな、本当にあっけないときはあっけなくあの世に人は旅立ってしまうものだから。片付けをしながら、スマホを見て職場のパニックになってカオスそのもののグループLINEを確認する。
「悪い、私は新幹線で職場に戻る。店長が緊急入院して人が足りてないって」
「え、今から?パートなのにわざわざ?」
パートなのにって。いちいち一言多いのがうちの弟だ。
「うるせえよ、小学校三年までおねしょ常習犯の癖に。パートの癖にとかうざいわ」
「いつの話だよそれ!」
「小学校~三年まで~おねしょ常習~」
「祝詞の節付けて読むな、このババア」
「あたしがババアならあんたもジジイ」
父は我関せずで墓石を眺めてから、
「森高千里にそんな歌あったなぁ」
ポツリと呟いた。弟は私を指指して笑う。
「『私がオバサンになっても』って、あれは森高千里が歌うからさまになるんだよ。うちの姉ちゃんじゃなあ」
私は帰り支度とタクシーの手配をして、帰り際に弟にチクリと言い返した。
「テレビの森高千里さんの脚ばっか見てたよねぇ、あんた。それも祝詞にしてあげるから葬式は私に任せなさい」
「かみさんに宮司さんを呼ぶように遺言作るから姉ちゃんにはさせませーん、バーカ」
「チッ、黒歴史を全部暴露する祝詞作ってやろうと思ったのに」
「ちさ、ありがとなし。祝詞上手かった。宮司さんよりずっとな。気をつけて帰れよ」
「うん、お父さんも健康に気をつけて」
福島訛りで父が言う。私は頷いて、呼んだタクシーに向かって歩き出す。山の近道の階段を降りながら、元カレと女性ボーカルと私で組んでいたバンド名をふと思い出した。
『Rose heaven's island 』
当時流行りのビジュアル系で、女性ボーカルは既に故人。え?まさか?幽霊の母が花屋から勝手に持ってきた薔薇じゃなかった?お墓の場所の話はしたようなしなかったような。まあ、いいか。誰かが綺麗な薔薇を供えてくれた。人員不足でパニクってるパート先に戻ろう。
あのね、今のパート先はまた違う店なんだけどさ、独身時代にファミレスで長く準社員で働いてた。そこは元彼との思い出の場所だったりする。どんなに悪態をついても、どんなにブラック企業でもファミレスは私にとっては特別な場所なんだ。
愛と音楽への夢を夜通し語り会った場所だから。当日欠勤の後始末は何度目かもう忘れたけど、今日も店で誰かが真剣に愛と夢を語り合ってるかもしれない。だから、店が滅茶苦茶じゃダメ。納骨も済んだし仕事に行ってくる。
前をちゃんと向かなきゃ、悲しみに浸ってる暇はない。仕事で暇がない方が今は気持ちが楽になる。食べ物のいい匂い、食洗機の音、人を呼ぶピンポンの音。さあ、パニックの後始末に出発だ。
(了🌹🌹🌹)
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