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最終章 ラーメンの日
日本は未曽有のパニックに陥った。日本からラーメンが消えた。いや、世界からもそう報告が入っている。いいな、外国人は。ラーメンなくても生きていけるもんな。
「次長、ついに博多とんこつの最後の店が…」
「製麺業界が消失、カップ麺も市場から消えました」
「全国で暴動が起きています。そして自殺者も。ですがもうラーメンはどこにもありません…」
「横浜で唯一残っていた家系ラーメン店が…」
「言わなくていいよ。それよりみんな、部屋から出て行ってくれ…」
いま日本中で百貨店、スーパー、コンビニ、お婆ちゃんがやってる食料品の店、はてはメーカーやその倉庫まで暴徒が押し寄せる始末だ。鎮圧しようにも、そのカップ麺を愛した機動隊員が率先して暴徒に加わっている。自衛隊員もしかりだ。もはやこの国に治安維持などできっこない。みな血肉を求めるゾンビのようにラーメンを追い求めている。これほど日本国民はラーメンに依存してたんだ。うかつだったな。わたしはそう反省し、机の引き出しを開けた。なかに…べビ〇スターラーメンが入っている。頭が疲れたとき、それを口に入れるのが秘かなわたしの楽しみだった。
「最後の一袋か…それじゃあ今日がラーメンの日ってわけか、最後のな」
外は喧噪で満ち溢れていた。爆発音、発砲音、そして叫び。そんなにまでしてラーメンを欲していたのか…。いやどんだけラーメン依存なんだわが国民は。
「馬鹿じゃねえのか?」
そうわたしはつぶやいてその小さな袋を破った。独特のにおいが鼻に。ああ、ラーメンだな。わたしは至福の時を持った。
「次長?何をしておられるのですか?庁舎はもう崩壊…おい!何を食べている!」
石田が目の色を変えて襲いかかって来た。いまの声で須山や冴島ほか、局員がなだれ込んできた。みなこのラーメンの菓子を狙っていた。
「やめろ!それはわたしのだ!おそらくそれが地球上で最後のラーメンなのだ!」
わたしの声はむなしく、こいつらラーメンゾンビの群れにかき消された。
もう無駄だった。最後のラーメンまで奪われた。絶望した最後のわたしにできること…引き出しからのぞいている『 S&W M360J SAKURA 』。38口径の回転式拳銃の引き金を引くことだ。警察官の守護神、などと大げさなものではない。あくまで尊厳を守る最後の力の行使なのだ。
いま目の前では小さな袋を奪い合い、ラーメンを求めた者どもが阿鼻叫喚のさまを繰り広げている。その数はますます増えつつあった。わたしはそいつらに四発、拳銃を発射した。まあ大したことはない。群がる飢えたラーメンのゾンビに、そんなものは効くわけはない。そうしてわたしは拳銃をこめかみに。
「いやはや、ラーメンで日本が滅びるとは、いったい誰が…」
銃声はいまだ喧噪が続く庁舎に鳴り響いた。
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