おもかげの故郷

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 勇者の下男ゲンゴロは、道路の真ん中にうつ伏せた。地面に耳を付けて、音を探る。  地方都市の郊外。建物はまばらで、道路沿いの居酒屋だけが、明るく賑やかだ。 『出た!』  下男は素早く立ち上がり、遠くにポツンと光る街灯に向かって走った。イヤーマフを耳にかける。隠れていた対魔軍も続々現れた。  間に合わなかった。  地中から現れた巨大な虫が街灯をよじ登り、脱皮する。蝉だ。 「くそ!」  ゲンゴロは避雷針を放ち、軍も発砲する。だが、当たる前に蝉が鳴いた。 「……!」  イヤーマフをしててもなお、至近距離からの耳をつんざく衝撃。人間たちを音で薙ぎ払い、避雷針や弾丸も弾き飛ばして、蝉は舞い上がった。ゆっくり旋回し、居酒屋に降り立つ。  その瞬間、居酒屋の中で待機していた勇者・ハタタカが、屋根に雷を放ち蝉を焼き倒した。 ※※※ 「今日はワシの奢りだ、みんな楽しんでくれ!」  居酒屋に戻ってきた店主と客たちは早速、盛大に騒ぎ始めた。屋根に穴が空いてることを気にしてるのは、開けた本人の勇者ハタタカだけだ。 「みんな、なんで気にしないのだ? それに、こんなに騒ぐから、あの人は魔物使いになったのではないのだ…?」 「誰も気にしねぇから化けたのさ」  下男の答えに、若きあるじは顔をしかめた。  先の巨大な蝉を生み出したのは、近所のお爺さんだった。毎夜バカ騒ぎを繰り返すこの店が憎かった…という。  ハタタカは目の前のご馳走を見た。店主の奢りである。本当に頂いて、いいのだろうか? 「にいちゃんも一杯どうだい?」 「悪ぃ、俺ぁいいわ」  ゲンゴロは、もたれかかる酔っ払いを引き剥がした。酒が好きな下男だが、今は茶しか飲んでいない。イヤーマフも首にかけたままだ。 「お酒飲まないのだ?」 「ああ…ちぃと気になってな」 「?」 「軍が見せてくれた動画だかいうやつ…三べん現れたうち、いっぺんだけ飛び方が違うのがあったろ。地面で脱皮して、まっすぐココに飛んでくるやつ。別の蝉かもしれねえ…ま、念のためだ」  ハタタカは少しガッカリした。ゲンゴロは酒好きだが弱い。すぐ酔っ払い、酔った時だけ鼻歌を歌う。今日は聴けそうもない。  ハタタカは、鼻歌を歌っている下男が好きだった。いつも怖い顔をしているゲンゴロが、その時は優しく…少しだけ寂しそうに…見えるのだ。  客が提琴を持ち込み、弾き始めた。興ののった客たちが、テーブルをどけて輪になり、踊り出す。 「へえ『テック・テック・トッテ』みてえだ」 「なんなのだ、それ?」  若き勇者は、実は百年前の勇者である訳アリ下男に聞いた。 「昔の踊りさ。あんな風に輪になって」  ゲンゴロは、お茶に術をかけ、料理の皿にぐるり、と、お茶で小さな踊り子たちを作った。ハタタカが目を輝かせる。  やっと元気になったあるじに、下男はもう少し頑張ることにした。お茶の踊り子達を操りながら、百年ぶりに歌う。  テック・テック・トットト  街一番のべっぴんさん  ぼくじゃダメかなべっぴんさん  おめがねかなうの誰かしら  大金持ちの彼かしら  テック・テック・トッ……  だしぬけに歌は終わり、踊り子たちも湯呑みの中に戻った。 「なんだテメェ」  下男は、自分たちに携帯を向けていた男を睨んだ。  ハタタカも思わず睨んだ。 『ゲンゴロが、初めて歌ってくれたのに!』
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