「叶わぬ恋の悲しみに俺はもう耐えられそうにない」

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「叶わぬ恋の悲しみに俺はもう耐えられそうにない」

 アーネストと結婚して1年。  ソフィアは仕事にプライベートに満たされた気分になっていた。  独身時代、散々浮き名を流してきたのが嘘のようにアーネスト・グロスターはソフィア一筋になった。  そして、彼は毎日のように彼女に愛を囁きながら様々な花をプレゼントした。  愛を恐れていた彼女の警戒心はとかれて、2人は有名な仲良し夫婦だった。  今日もアーネストはソフィアの寝室をいつものように訪れる。  ソフィアはお気に入りのレースが3段重ねの可愛らしい薄手の寝巻きで彼を迎えた。彼女は前世では男役のような見た目をしていたが、今世は可愛らしいルックスで産まれてきた。その為、前世では挑戦できなかった可愛い系の服も着こなせている。  いつも部屋に入ってくるなり、熱い抱擁をしてくるアーネストが今日はただ訝しげるようにソフィアを見つめている。  彼女は沈黙に耐えられなくなり口を開いた。  手のひらには大きな天然のグリーンダイヤモンドの原石が光っていた。  特殊な環境でしか生まれないそれは驚く程貴重なものだった。 「実は結婚記念日のプレゼントを用意したの。天然のグリーンダイヤモンドよ」  緑色の宝石の代表格であるエメラルドに例えられるアーネストの瞳。彼女はグロスター伯爵領のダイヤモンド鉱山からはとれなかった天然のグリーンダイヤモンドを他国から取り寄せていた。  鉱脈の近くに放射性物質がなければグリーンダイヤモンドは誕生しない。非常に希少で高価なものだが、結婚記念日ということもあり奮発したのだ。  ソフィアの言葉に何故かアーネストは諦めのような微笑みを浮かべる。彼が何も言ってくれないので彼女は不安になった。 「け、結婚して1年になるし、私たちも子供を持つことを考え始めましょう」  ソフィアは結婚が上手くいくか自信がなかったので、ずっと避妊していた。  すぐに子供が欲しいと主張していたアーネストと喧嘩になったのも最初だけで、彼は彼女の意思を尊重してくれた。    アーネストは彼女の言葉にゆっくりと目を瞑った。ふと、彼女は彼が後ろ手で色鮮やかなオレンジ色の花を隠しているのを確認する。  いつもは毎日のディナーの時に花をプレゼントされて来たが今日はこのタイミングのようだ。 「ねぇ、鮮やかな夏めいたオレンジ色の可愛い花が見えてるわ。ガーベラかしら?」  ソフィアの言葉にアーネストはゆっくりと目を開けた。何かを決したかのような鋭い視線に彼女の心臓の鼓動が小動物のように早くなる。  アーネストはゆっくりと燭台に近づくと蝋燭の赤く灯る火を静かに息を吹きかけて消した。  あたり一面に暗闇が訪れる。  部屋にはうっすらと銀色の月明かりだけが希望の光のように差し込む。    明かりがほとんどない状況に、ソフィアは前世で殺された時の恐怖が蘇った。 「ねぇ、何か言って、今日は私たちの大切な日なのよ」  ソフィアの声は驚く程震えていた。アーネストが自分を見つめる瞳はいつものように愛情溢れるものではない。むしろ殺意を帯びているように見えたのだ。 「叶わぬ恋の悲しみに俺はもう耐えられそうにない」  ソフィアの目の前に差し出されたオレンジ色の花はキンセンカだった。 「叶わぬ恋? アーネストは私の事をずっと好きでいてくれたのよね。私も貴方が好きよ。貴方の私に対する積年の想いが叶ったじゃない。それとも、他に好きな人ができたの?」  彼女は自分がアーネストの初恋の相手だという話を結婚して半年してから聞いた。  女慣れした男の定番の口説き文句だと最初は受け流したが、彼の重過ぎる程の愛情を受け取り続けてその言葉を信じるようになっていた。  彼は先程は受け取らなかったグリーンダイヤモンドを彼女の手から受け取る。  彼女は一瞬ホッとするも、大きなグリーンダイヤモンドの原石を握った手を振り上げた彼に恐怖を感じ固まった。  頭に振り下ろされた硬い石と共に彼女の意識は遠くなっていった。 ♢♢♢  朧気な意識の中で目を開くと、この世の最上級を神から授けられたような美しい男性が私を愛おしそうに見つめていた。  艶やく月の光を閉じ込めたような銀髪に、少し憂いを帯びた澄んだエメラルドの瞳。  女として産まれて来たのなら、彼に恋しないのは女じゃないと言われるような男だ。 「アーネスト・グロスター。そなたは、ソフィア・リットンを妻とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、妻を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」    目の前に立つ麗しい男が私に微笑みかけている。 「はい、誓います」   「ソフィア・リットン、そなたは、アーネスト・グロスターを夫とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、夫を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」  瞬間、自分が夢を見ているのだと思った。  私は確かにアーネストに殺された。でも、今きっと幸せだった瞬間の夢を見ている。  目の前にいるアーネスト・グロスターは私と結婚をし、永遠の誓いを交わした時の男だ。  私に対する戸惑うばかりの彼の溺愛は結婚して3ヶ月後に始まった。  私はそれに必死に応じるように毎晩のように朝まで狂ったように抱かれた。  結婚したタイミングでアーネストは私の事を初恋の相手程度にしか思ってなかったはずだ。 「はい、誓います」  「誓いますか?」と定型句を問われて「誓います」と咄嗟に答えてしまった。首都のグロスター伯爵家に併設するチャペルで行われた挙式。  風がとても強くて雲が凄いスピードで流されていた。誓いの言葉を言った瞬間、新郎であるアーネストの後ろには雲一つない青空が広がっていた。私はその時、この結婚は意外と上手くいくかもと期待した。  今は全く別の心境だ。目の前の美しい男の微笑みには裏を感じるし、雲は彼の恐ろしさから逃げたように見える。  私は身震いがして、思わず右手で左の二の腕をつねった。淡い痛みを感じ、私は夢ではなく時を戻ったのだと感じた。  きっと神様がなんの罪もなく再び殺された私を哀れに思ってチャンスをくれたのだ。    どうせなら、アーネストのプロポーズを受ける前まで時を戻して欲しかったが仕方がない。私は先程反射的に永遠の愛を誓ったことを後悔した。  誓いの口付けをしながら夫に殺される運命を感じ、婚姻にクーリングオフは効くのかと頭の片隅で考えていた。
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