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『結婚は貴族令嬢の義務である』
『結婚は貴族令嬢の義務である』
貴族令嬢が皆10代で結婚して行く中、ソフィア・リットン子爵令嬢は27歳で独身だ。
腰まで届くプラチナブロンドのストレートヘアーにピンクルビーの瞳。見た目は非常に愛らしい。結婚適齢期には多くの縁談話が持ちこまれたが、変わり者だと皆が尻込みした。
彼女は一生独身を貫く決意を生まれた時からしていた。
彼女には前世の記憶があった。
突然、思ってもみない相手から愛を告げられ殺された記憶。
彼女は愛を恐れた。
人が本当は何を考えてるか想像もできないと恐怖した。
彼女は一生独身でも生きていける財力を個人で既に築いていた。
男社会であるマゼンダ王国で宝石店を複数店経営してるだけでなく、国外にも手を広げていた。女性実業家として活躍していたのだ。
前世のビジネスセンスをふるに生かし宝石店は大繁盛。
『人は何を考えているか分からない』、『信じられるのは自分自身とお金』価値観の凝り固まった貴族社会で自分軸で生きる彼女に突如襲いかかる断れない縁談話。
結婚と引き換えに約束されたビジネスチャンスだと彼女は割り切った。
お相手はマゼンダ王国一のモテ男、7歳も歳下のアーネスト・グロスター伯爵だった。
♢♢♢
私は結婚をするのが怖い。
私は前世で『狂愛』により殺されている。
人の愛情の恐ろしさを知っていて、誰かと一緒に暮らす気になれない。
リットン子爵邸を突然訪ねてきた麗しの美青年。
両親も、妹も、使用人たちも大騒ぎになった。
私に求婚したいという彼に興奮した両親は彼と私を応接室に2人きりにした。
艶やかな銀髪に宝石のようなエメラルドの瞳。
精悍な顔立ちに、セクシーさを添える泣き黒子。
モスグリーンの軍服は帝国の第2騎士団のもの。
彼は剣術にも優れ、第2騎士団の団長もしている。
すらっと背が高く美形な彼は、今誰もが結婚したい相手No.1。
アーネスト・グロスター伯爵。
優秀であるが故に成人すると共に爵位を継承した男。
美しい彼は身分を失ってもモテそうだ。
彼は濃紺のベロアのソファーに浅く腰掛け、淹れられたハイビスカスティーを不思議そうに見つめていた。
「ソフィア嬢、約束もないのに突然訪問してすまなかった。回りくどいのは好きじゃないから単刀直入に言うが、俺と結婚をしないか? 周囲が結婚しろとうるさいのだ。君も結婚しろ言われ続けて煩わしいから俺の気持ちが分かるだろう」
「お断りします。私は美しい男が嫌いなのです。嫌いな相手とは一緒にいられません」
女など選び放題の男からの求婚。
照れ隠しにオブラートに包んでいるが、彼が私を気になっているリスクを捨てきれない。
一緒に暮らせば理想と違う私を許せなくなり、就寝後に濡れたタオルを被せられ殺される可能性がある。
「ソフィア嬢⋯⋯本当に変わりものだな」
アーネスト様は笑いを堪えている。
その姿の美しさに手が伸びそうになるのを必死に堪えた。
彼は自分が振られるとは思ってもいなかったのだろう。
私には前世の記憶がある。
私は子供時代貧乏でお金を稼げる大人になりたくてバイヤーとしての仕事に生きた。
社内の付き合いの飲み会を全て断ったり、割と一匹狼だった自覚がある。
そのように他者に追随しない私の生き様は一部の女子社員から憧れられた。
背が周囲の男性よりも高く可愛げのない私は男性からは敬遠されていた。
深夜残業でクタクタな体を引きずりながら、帰宅しようとロッカールームにコートを取りに行くと人影が見えた。
男たちが「可愛い」と言いながら目の色を変えてデートに誘っている新入社員ユリカが明かりもつけずに立っていたのだ。
小柄なのに巨乳で童顔。
まさにいかにも男ウケする女の子だ。
仕事は驚くほどできないので、私は度々彼女をフォローしてきた。
コポコポッと旧型で電気代ばかりかかって燃費の悪い加湿器の音だけが響き渡っていた。
私はそっと明かりをつけて、「お疲れ様」とユリカに一声を掛けてハンガーラックに掛かったモスグリーンのアンゴラのコートをとる。
イタリアに買い付けに行った時に一目惚れして個人的に購入したお気に入りの品だ。
「好きです。未夢(みゆめ)様!」
会社のロッカールームで可愛らしい新人ユリカから突然の告白された私は固まった。
私の名前は鈴木未夢。確かに一部の女子社員からは未夢様と呼ばれている。
2人きりのを良いことに彼女は身につけていた衣服を脱ぎ出し、生まれたままの姿になりだした。
私は至ってノーマルだ。
アラサーだった私は彼氏いない歴イコール年齢だけれど、男性アイドルのことは可愛いと思っている。
「未夢様、私、綺麗でしょ。未夢様と愛し合う為にとっておいた体です」
確かに綺麗な体だが、深夜の職場のロッカールームで全裸になる彼女が理解できなくて怖くなった。
私に告白してきた新人ユリカは皆が騒ぐほど可愛らしい子だ。
でも、その可愛さは私には刺さっていない。
「あ、愛し合うってどうやって、そもそも凹凸的に問題があるのでは?」
私が狼狽えながら紡いだ言葉に、目の前の新人ユリカはポロポロと泣き出した。
その可哀想な姿に私はカバンから白いハンカチを取り出し、彼女に渡そうとした。ユリカは私の手を蝿を追い払うように強く叩き、白いハンカチは無残にも床に落ちた。
大人しそうな彼女の攻撃的な行動に驚きつつ、ハンカチを拾おうとした時だった。頭上から殺気を感じる。見上げるとユリカは見たこともないような鬼の形相で、いつの間にかコンセントを抜いた加湿器を振り上げていた。
「そのような下品な事を言う未夢様は偽者です。どうして未夢様の顔をしているのですか!?」
彼女はそう叫ぶと共に私の存在が許せないのか、加湿器を私の頭に振り下ろした。
打ちどころが悪かったのか、私はそのまま意識が遠くなり死んだ。
何がいけなかったのか今でも分からない。
男役のように高い身長? 男たちには冷たくしたけれど、女の子には親切にしてしまった事? 危険な相手を察知できなかった事?
死なずに済む運命がわからなかった私は多くの後悔の念を持ったまま死んだ。そのせいか前世の記憶を受け継いで、異世界に転生したようだ。
今度こそ、決して自分の望まぬ相手から『狂愛』を受け殺されることがないように望んだ。絶対に前世でやり遂げられ無かった事、夢見た事をすべてかなえようと血の滲むような努力をしてきた。
前世で自分のファンに撲殺された私は、何をしても生きたいという強い決心を持った。そして、人は見かけによらない凶暴性を持っているという事を肝に銘じながら生きている。
♢♢♢
「その結婚話は、他の令嬢に持っていってください。ビジネス的な夫婦関係なら良いですがアーネスト様が私に恋したら面倒ですし⋯⋯私は男性に興味がないのです」
「君は女性が好きなのか? 面白いな。でも、女同士で結婚はできぬぞ」
「結婚は必要ですか? 私の両親は私が一生結婚できないだろうと諦めています」
「諦めている割には、随分とご両親から期待の目を向けられた気がするが⋯⋯」
彼の言う通りだ。
彼が私に求婚したいと来訪した事で、両親は今高ぶっていた。明らかに応接室の扉の外で聞き耳をたてている気配を感じる。
「とにかく私はアーネスト様と結婚する気はございません。私はそのお茶にのっている薄いピンク色のハイビスカスの花だと思ってください」
私の言葉に彼はニヤリを笑うと深い赤色をしたハイビスカスティーから薄いピンク色の花を摘んで口に含んだ。
ハイビスカスで食べられるのは赤い「ブッソウゲ」という種類のものだけだ。
「食べられないものを、無理やり食べて美味しかったですか?」
「食べられない? この花はローレルで、ハイビスカスではない。ハイビスカスティーにローレルをのせて飾るアンバランス。この花が君のようだといったな。君もこの家を窮屈に思っているのではないか? グロスター伯爵夫人になれば、君はもっと稼げると思うが」
プロポーズをしにくるだけあって、彼は私の事を良く調査している。
確かにグロスター伯爵家は領地にダイヤモンド鉱山を持っていて魅力的だ。
「花に詳しいのですね。流石、お若くして多くの女性と浮名を流してきたアーネスト様ですわ。私に財産を根こそぎ奪われたくなければ、どうぞお引き取りください。私は貴方様と関係を結ぶことを望んでいません」
私のダメ押しの言葉に反応するように扉が突然開き両親が現れた。
「グロスター伯爵様! 娘は心と真逆の事を言う病気でして⋯⋯」
「本当は娘はずっと伯爵様に憧れていたのに逆の言葉が口から出てしまうのです。どうぞ、哀れんでやってください」
私を病気扱いしてでもアーネスト伯爵との縁談をまとめようとする両親に呆れた。
(なら、その設定にのって何がなんでもこの縁談断ってやるわ)
「アーネスト・グロスター伯爵様、貴方様がよちよち歩きの頃からお慕いしておりました。ぜひ、私と結婚してください」
私の言葉に彼が嬉しそうに微笑んだ。その笑顔の美しさに思わず見惚れてしまう。
「積年の想いを告げられ胸が熱くなった。今すぐ婚姻の手続きを」
半ば強引に私と彼は結婚する事になった。
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