(花言葉で気持ちを表現しているだと?)

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(花言葉で気持ちを表現しているだと?)

 私が実家に戻ると、まず出迎えてくれたのは妹のエミリーだった。 「ソフィアお姉様? どうなさったのですか?」  驚きと心配が混ざった彼女の大きな声に気がつき、両親が階段を駆け降りて玄関ホールにやってくる。 「まさか、グロスター伯爵様にもう愛想を尽かされたの?」  母は真っ青になり顔を覆って泣き出した。 「1番ショックを受けてるのは、ソフィアだ」  父は泣き出した母を諌めると、応接室に私を通した。  見慣れた濃紺のベロアのソファーに腰掛けると同時に、私は家族の誤解を解いた。私はアーネストに愛想を尽かされたのではなく、他人と暮らすのは無理だと判断し帰ってきたと説明した。 「全く、何を言い出すかと思えば今すぐグロスター伯爵様の元に戻りなさい!」 「そうよ、貴方は今マゼンダ王国で1番の幸運を手にしてるのよ!」  両親が呆れたように私を説得してくる。1年後に私がアーネストに殺される運命をしらないから仕方がないのかもしれない。  美しく将来性もあり、スマートで紳士的なアーネストはマゼンダ王国の貴族女性の憧れの的だ。  私も彼との結婚を決めた時、恐怖もあったが極上の男を手に入れた優越感があった。   「アーネスト様のどこが不満なの? 私がお姉様と代わって欲しいくらいよ。1度で良いからあのような美しい方と情を交わしたいわ」  妹のエミリーはまだ18歳で、少し夢みがちだ。プラチナブロンドにピンクルビーの瞳を待ち、私に似て童顔な彼女を身代わりに出来ないか一瞬下衆な考えが頭をよぎる。  やはり、可愛い妹を殺人鬼の餌になどできない。  でも、他人なら⋯⋯。 「お父様、お母様、エミリー⋯⋯心配掛けてごめんなさい。私、グロスター伯爵邸に戻りますわ」 「そうよ。最低でも、1年は一緒にいるように努力してみなさい。貴方ならできるわ。だって貴方は私の自慢の娘だもの。なんだって可能にしてしまう力があるのよ、貴方には!」  母が私の言葉に涙を止めて叱咤激励してくる。私は結婚1年後に起こった悲劇が脳裏に浮かんだが、家族に心配は掛けられないので早々実家を後にした。  そして、私が今向かっているのはアーネストの元カノの家だ。  白亜の豪邸。  現在、19歳のシェイラ・アルマン伯爵令嬢のお宅だ。  彼女は直近のアーネストの元カノだ。  私の知る限りの彼の元カノを思い出すと、皆、若くて婀娜っぽい見た目をしたモデル系の女性ばかりだったりする。  私は彼女たちとは真逆で彼より7歳も歳上で童顔で幼児体型だ。  明らかに彼の趣味ではないはずなのに、なぜ私を結婚相手に選んだのか謎が残った。  アーネストの話によれば私が初恋だったと言う話だったが、その割には私には近づかず全く別タイプの他の女たちと随分と遊んできた彼。  そして最後は身勝手に初恋の相手である私を殺す男。  アーネストを理解しようとすることさえ時間の無駄な気がしてくる。  約束もないのに来訪はあまりに不躾だったかと出直そうか考えあぐねていたところに、赤い腰までのウェーブ髪に豊満な肉体をした美女が現れた。口元の黒子が印象的なシェイラ・アルマン伯爵令嬢だ。   「シェイラ嬢、宜しかったらお話できますでしょうか?」 「私に会いに来たのですか? 私を嘲笑いたくて?」  シェイラ嬢が涙を滲ませた琥珀色の瞳で私を睨んできた。 「違います。誤解です。私はシェイラ嬢とアーネスト様にヨリを戻して欲しくて来たのです」 「はぁ? 取り敢えず中に入ってください」  シェイラ嬢が困惑しているのが伝わってくる。私は頭の中で今後の作戦を立てながら応接室に入った。  品の良い落ち着いたカーキー色の革張りのソファーに腰掛けると、メイドがハイビスカスティーを淹れてきた。ハイビスカスティーは最近マゼンダ王国ではブームだったりする。私の実家とは違い飾っている花は本物の赤いハイビスカスだった。 「単刀直入に言います。アーネスト様は私の手に負える方ではなかったのです。シェイラ嬢にお戻ししたいのですが、ご検討いただけないでしょうか?」 「な、何を言ってるのですか? あのような素敵な挙式を挙げておいて。昨晩もさぞや夢のような素敵な夜を彼と過ごしたのでしょう?」 「過ごしてません。アーネスト様は私の幼児体型に恐れをなして逃げました」  私は自分の身を守る為には幾らでも嘘が吐ける人間だったらしい。  先程まで泣きそうな顔をしていたシェイラ嬢が吹き出している。  それにしても、不可解で仕方がない。私はアーネストの夜の生活が素敵だと思った事はない。ただ、彼が私を必死に求めている様は愛され大切にされていると私に確信させる安心材料だった。  一晩中求められると、翌日の仕事に差し支えるので「私は寝るから勝手にしてくれ」と言ったこともある。そもそも、私は彼しか知らないけれど実は体の相性が悪いのかもしれない。 「私だって、やり直せる者ならやり直したいですわ。でも、グロスター伯爵様の想い人が私ではない事は彼を見てきた私自身が1番分かっている事なのです。彼の私から離れた心は戻ってきません。そもそも、私に心があった瞬間があったのか⋯⋯私も気持ちを切り替えないとなりません」 「心が離れると戻ってこない? そのような事があるのですか? 試してみたら、ブーメランのように戻ってくるかもしれませんよ。何事も試してみなくてはわかりません」  目の前にいるシェイラ嬢は女性の私から見ても魅力的だ。豊胸した訳でもないのに柔らかそうで触りたくなるような立派なものを持っている。天然のグラマラス体型に、華やかではっきりした美しい顔立ちを彩る艶やかな赤い髪。今、私への不満を持ち始めていそうなアーネストを彼女なら揺さぶる事ができる。 「グロスター伯爵様から赤い薔薇を15本貰ったのです。その意味がお分かりになりますよね?」  目を閉じて私に秘密を打ち明けるようにシェイラ嬢が語りかけてくる。 「赤い薔薇? 情熱的ではありませんか」 「15本の赤い薔薇⋯⋯『ごめんなさい』という意味ですわ。彼はもう私の愛に応えられないと言うことです。私にもプライドがあります。そのように背を向けた男の足にいつまでも縋れませんわ」  私は薔薇の本数に意味があった事と、アーネストのロマンチストぶりに恐怖した。結婚生活を送る中で彼がかなりのロマンチストである事はひしひしと感じていた。  私は彼とは真逆でリアリストだ。だから、彼のロマンチストな所には辟易している部分もあり自分を花に例えられた時には気持ち悪くて抗議した。 「はぁ、ちなみに赤い薔薇16本だとどういった意味でしょうか?」 「『ころころ変わる不安な愛』⋯⋯16本の赤い薔薇をプレゼントされましたか? 自信満々な彼も本当に好きな方の前では不安になったりするのですね」  穏やかに自虐的に語り始める彼女に私は何も言えなくなってしまった。  結婚式の晩に不安な気持ちをアーネストは私に伝えてきたと言うことだ。  そして、その不安はいつしか殺意に変わるという事かもしれない。 「シェイラ嬢は物知りなのですね」 「いいえ、私は自分でも恥ずかしいくらい世間知らずですわ。実業家として成功しているソフィア様の方がずっと色々な事をご存知かと思います。ただ、グロスター伯爵様が花言葉でお気持ちを示されるので、花に詳しくなっただけですわ」  (花言葉で気持ちを表現しているだと?)  私は前回の1年間の結婚生活が走馬灯のように駆け巡った。沢山の種類の花をプレゼントされてきた。そして、最期の日にプレゼントされた花は『キンセンカ』だ。   私はシェイラ嬢をアーネストに嗾けるのを諦めた。  彼女はアーネストを理解しようと歩み寄り、最善を尽くした上で恋に敗れ次に進もうとしている。  
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