絶対的に裏切らないものは『金』しかない。

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 絶対的に裏切らないものは『金』しかない。

 ブラッドリー・マゼンダ王子への謁見申請が通ったのは2日後のことだった。この2日間、アーネストと私は食事の時だけ一緒にいる。彼の花束のプレゼントもなくなり、当たり障りのない会話だけしていた。  王宮に到着しブラッドリー王子の執務室に入ると、現在17歳のピチピチの王子様が私を出迎えてくれた。  艶やかな黒髪に澄んだ海のような瞳をした彼は、目も大きく可愛らしいアイドル顔をしている。  前世の鈴木未夢の世界では受けるルックスで、私も可愛い男の子をヒモにしたいと思ったこともあった。  でも、今世のソフィアの世界では圧倒的に大人の色気のあるアーネストのような男がモテる。  ブラッドリー王子は3ヶ月前にウルスラ・ドゥーカス侯爵令嬢との婚約が破談となった。おそらく彼が金目当てに彼女と婚約していた事がバレたのだろう。  マゼンダ王家は実は破綻寸前なのだ。 「ブラッドリー・マゼンダ王子殿下にソフィア・グロスターがお目に掛かります」 「座ってくれ、今、話題のグロスター伯爵夫人が僕に何の用かな?」  小首を傾げながら訪ねてくるブラッドリー王子を失礼ながら可愛いと思った。  私が年代物に見える赤いベロアのソファーに座ると、ギシッと音がした。  どうやら本当に王家の財政状況は厳しい状態のようだ。  正直太めの客が座ったらソファーの底が抜けかねない。国外からの要人も客人として訪れるのにお粗末過ぎる。  ブラッドリー王子は立ち上がると、引き出しから出した紅茶の缶を3個出した。それを自分でブレンドして蒸らして、間を置いてから王家の紋章がついたカップに注ぐ。非常に手慣れた動作で少し驚いてしまった。  一連のことは本来ならばメイドを呼んでやらせる事だ。  それを人に頼まず、紅茶を自ら私に淹れてくれた彼に好感を持った。 「単刀直入に申し上げます。5日後のブラッドリー王子殿下の婚約者指名で私を指名してください!」  私の言葉に余程驚いたのか、彼は口に含んだ紅茶が器官に入ったようで咽出した。 「お、可笑しいだろ。そなたは先日グロスター伯爵と結婚したばかりではないか!」 「私はグロスター伯爵との離婚を考えています。夫より地位の高い王子殿下からの求婚があれば、話がスムーズに進むかと思ったのです」 「そのような訳ないだろう。僕がそなたを婚約者指名などしたら騒ぎになるだけだ。僕に気でも触れたかという噂が立ったらどうしてくれるのだ!」  彼は時を戻る前、自分のバースデーパーティーで1度破談になったウルスラ嬢を再び婚約者指名した。  王家の財政を立て直すには大富豪の彼女の実家が不可欠だと思ったのだろう。 「ウルスラ嬢を婚約者として指名するつもりですよね。彼女より私の方が王家にお金を持って来られますよ」  私は懐からブルーダイヤモンドの原石を出し彼の手の上にのせた。 「こ、これはどういうつもりだ?」 「手付金だと思ってください。希少価値のある天然のブルーダイヤモンドです」  私の手から受け取ったブルーダイヤモンドをブラッドリー王子は窓の外から差し込む太陽の光に掲げて見つめていた。 「このブルーダイヤモンドは本当に天然か? 鉱脈にホウ素が混じることでダイヤモンドが青くなるというが、ホウ素がそのような場にあるというのが理解できない」 「流石です。ブラッドリー王子殿下は博学ですのね。まさか、宝石にも精通しているとは知りませんでしたわ。ホウ素は古代の海底で発生していると考えられてます」  私は彼のまずは疑ってかかるところが気に入った。  宝石にしても愛にしても世の中には偽物が出回り過ぎている。  私にはアーネストよりも彼のような男の方が合っている気がする。 「そなたが来訪するから、宝石についての知識を事前に学んでおいただけだ」  彼の勉強熱心なところも気に入った。  王族として知識不足で恥をかかないように、常に気をつけているのだろう。 「それは至極光栄ですわ」 「王家の財政について足元を見られているようで気分が悪いな。そなたはどういうつもりなのだ? 純潔ではないそなたと王族の僕は結婚できぬぞ」  王族の結婚相手は純潔であることが絶対条件だ。  もちろん、その条件を今の私は満たしている。 「私とアーネスト・グロスター伯爵は白い結婚をしています。私は純潔です」 「ふっ、その歳で純潔だとは、色気がなくて誰にも手を出して貰えなかっただけだろう。そのように偉そうに宣言するものではないぞ」  ブラッドリー王子の遠慮のない高齢処女ををバカにしたような発言に私は好感を持った。どうやら、彼は噂通り失言の多い方のようだ。  彼は偶に気を抜いて正直過ぎる失礼な発言をするから、モテないのだろう。  しかし、私には彼のように本音をストレートにぶつけてくるタイプが好きだ。  そして17歳の彼から見て27歳の私はおばさんという事だ。  つまり、彼は私を恋愛対象として見ることはない。  私はそのような愛情を介さないビジネス的な結婚なら安心できる。 「ブラッドリー王子殿下、私は王族の結婚相手としての条件は満たしております。私を婚約者として指名してください。私がグロスター伯爵との離婚が成立した暁には、殿下を次期国王にしてみせます」  私の宣言に彼が驚いたように目を見開く。  若い子のびっくり顔はとても可愛らしい。 「僕が次期国王に?」  彼は第9王子だから王位を継承することなど考えていなかったのだろう。  実際、彼は王位継承権争いに絡んでいない。  そのせいか、彼は王族にしてはのんびりした雰囲気を持っているし純粋過ぎる感じがする。 「自分の結婚相手まで王家の財政を考えて選ぶブラッドリー王子殿下は間違いなく王の器です」  そもそも、マゼンダ王家の財政難の原因の1つがウェズリー・マゼンダ国王が妻を8人もとり子を沢山産ませたことだ。妻たちは贅沢に着飾り王の関心を惹こうとし散財しまくった。王子たちは他の王位継承権を持つものを引き摺り下ろす事ばかりに注力している。 「いや、他の兄弟を差し置いて僕が王になる事など可能なのか?」 「王家の財政状況を立て直したら可能だと思われます。武勲や権力闘争など『金』の前では無価値に等しいです」  絶対的に裏切らないものは『金』しかない。  そして、今マゼンダ王家が王家でありながら権威が揺らいでる原因も『金』だ。どのように上品ぶって冠を被っていても、『金』がなければ皆心から頭を下げたりしない。 「グロスター伯爵夫人⋯⋯大変魅力的な話だが、やはり既婚のそなたを婚約者として指名するのは無理がある気がする」 「ウェズリー国王陛下も臣下の妻を自分の女にしたではありませんか。国の王になるのなら、国の女は全て自分の女くらいの気概がなくてはいけませんわ」  私はウェズリー国王の好色がマゼンダ王家の衰退を招いたと考えているし、略奪愛を軽蔑している。それでも、今はブラッドリー王子を説得する為に引き合いに出させてもらう。 「それに、王族である僕に対して若干上から目線でものを言うそなたが癪に触る」 「不快な気持ちにさせたのでしたら、申し訳ございません。普段、社長業をしているせいか物言いが上からになりがちなのを私も自覚しています。これから、気をつけますわ。私の見解ではブラッドリー王子殿下と私は相性が良いと思います。どうぞ、私の提案を前向きに検討してくださいな」  私はブラッドリー王子の表情から自分の提案が受け入れられる事を確信すると、軽く会釈しブラッドリー王子の執務室を後にした。
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