「ソフィア、本当に美しいよ。君を妻に出来た俺は世界一幸せだな」

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「ソフィア、本当に美しいよ。君を妻に出来た俺は世界一幸せだな」

「こちらは仕事中なのに、強引ですね。相手の都合を考えられない方と生活をするのは難しいです。やはり、アーネスト様とはやっていけません。離婚してください」 「口を開けば『離婚してくれ』と言ってくるのだな。まだ、結婚して3日目だ。少しは俺に歩み寄ろうとしてくれ。そもそも、結婚して1週間は休みを取る約束だったじゃないか⋯⋯」  馬車に乗って2人きりになるなり、彼女と喧嘩をしてしまった。彼女と2人でしたい事は沢山あったのに、この3日間俺たちは喧嘩ばかりだ。 「私はアーネスト様と一緒にいたくないんです。⋯⋯もう、無理です。離婚してください⋯⋯」  急に俯いて苦しそうに静かに呟く彼女に焦った。 (そんな顔をさせたいんじゃない!)  俺は慌てて彼女の白く細い首に先程購入したスフェーンのネックレスを掛けた。彼女の髪を横に流し、首にネックレスを付けている間ずっと彼女は硬直していた。俺の指が首に少し当たった瞬間はビクッと震えるのが分かった。 「とても良く似合っている。でも、宝石の輝きもソフィアの前では色褪せてみえるな」 「はぁ、使い古された口説き文句ですね。退屈です」  俺は心から思った事を言ったのに、ソフィアからはため息混じりの冷たい言葉が返ってきた。 「それと、これから私の店で宝飾品を購入するのはやめてください。他の店より価格設定は高めになっています」  確かにソフィアの店は他の宝飾品店より3倍以上の値付けをしている。それでも皆彼女の店で宝飾品を買いたがる。デザインが洗練されているし、レベスタ帝国にも店を構えるソフィアのブランドを購入したという事実が一種のステータスになっているからだ。 「君の店の売り上げになるだろう」 「家計が一緒なのに何を言ってるのですか?」 「意外と細かいんだな」 「大雑把な人間に商売はできませんから」  先程まで苦しそうな顔をしていたのに、彼女は笑っていた。きっと、仕事が好きなのだろう。そして、俺のことは好きじゃない。むしろ、まだ殆ど関われていないのに嫌われている。  彼女が細やかなところは7年前から知っていて女性らしくて好きだった。離婚さえしなければ、彼女とは一緒にいられる。きっと2人の距離は縮まっていく。時間が全てを解決してくれる。  俺は自分をそう納得させ、彼女が俺に振り向いてくれるのをゆっくり待つことにした。  ブラッドリー・マゼンダ王子のバースデーパーティーの日まで俺と彼女は色々な話をしながら穏やかな日々を過ごしていた。  初めて2人で夫婦としてパーティーに出席する日、俺の前に現れた彼女は俺を混乱させた。  淡い水色のドレスにサファイアのネックレスとイヤリングをしている。若草色の礼服を着た自分とはペアには見えない。 「ソフィア、本当に美しいよ。君を妻に出来た俺は世界一幸せだな」  混乱する頭で絞り出すように伝えた言葉は彼女に鼻で笑われた。  パーティー会場に入ると、本日の主賓であるブラッドリー・マゼンダ王子の格好に息を呑んだ。  勲章が連なる淡い水色の礼服。まるで、彼とソフィアがペアで色を合わせているようにも見える。  ブラッドリー王子の誕生日の挨拶は殆ど頭に入って来なかった。 「僕の婚約者には、ソフィア・グロスター伯爵夫人を指名する」  ブラッドリー王子の信じられない一言に会場中にどよめきが起こる。  俺は隣いるソフィアを凝視するが、彼女は余裕の表情だ。 「静粛に! 静かにしてくれ! 結婚している女性を婚約者として指名するなど前代未聞と思われたかも知れないが、彼女は既に離婚手続きに入っている⋯⋯」  そこから、ブラッドリー王子が何を話していたのか頭が混乱して全く理解できなかった。 「ふふっ、必死に説明してますね。失礼ですがブラッドリー王子殿下は本当に可愛らしいですわ。アーネスト様! 私は本日はもう失礼しますね」   隣にいるソフィアの胸元にあるサファイアのネックレスがキラリと光る。  サファイアの石言葉は『純潔』、未だ純潔である彼女は王族であるブラッドリー王子と結婚できる。  ソフィアが一瞬だけ微笑み掛けて去っていくも、俺は身体が動かなかった。 (『貴方が、特別に可愛いからよ』)  昔、彼女に言われた言葉が頭の中を響き渡る。18歳にしては幼さを残すブラッドリー王子は、俺が14歳くらいには無くした可愛さを持っていた。 「グロスター伯爵様! アーネスト・グロスター! しっかりして!」  俺は気がつけばシェイラに手を引かれて会場の外である王宮の庭まで出てきていた。喧騒から離れてあたりは静まり返っているのに、自分の頭の中は煩い。どうしてこのような事になったのか、沢山の疑問と怒りが浮かんでは消えていっている。  シェイラは赤いフリルのドレスを着ていた。彼女が若草色のドレスを着てたら俺は正気ではいられなかっただろう。 「アーネスト、私はまだ貴方を忘れられないわ。貴方の気持ちが他の女性にあるのに縋り続けるのは辛いけれど、こんな風に辱められる貴方を見るのはもっと嫌!」  恋人時代のように俺を呼ぶシェイラの琥珀色の瞳は悲痛に満ちていた。  俺と別れる時も気丈に振る舞い涙を決して見せなかった彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちている。暗闇に彼女の赤いウェーブ髪が風で舞っているのをぼんやりと見つめる。視界がぼやけていて男の癖に情けなく自分も泣いているのが分かった。  懐かしい甘い香りと共にシェイラは俺に抱きついて来た。
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