剣士と天使

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天使は淡い微笑(ほほえ)みを浮かべて言った。 中性的な顔立ちと、空のような青い瞳をしていた。見た目に反して声音は低かった。  「いや、気にするな。」  「私は天空へ戻らなくてはいけません。」  「ああ、そうか。」  「それでは。」  ラクスも言えた事ではないが、天使は柔らかい物腰に反して冷めていた。 だが人に対しての敵意等は感じられない。 天使という種族が、こういった性質なのだろう。  小屋から外に出た天使だが、己にある違和感に、微かに眉を(ひそ)めたように見えた。  「…あれ、片翼に…?これでは飛べませんね…。」  「怪我は治せたが、翼に関しては治療師を使っても、どうしようもなかった」  天使の翼の片方はあまりにもボロボロで、切除するしかなかった。今は片翼だけが残る。  「困りました。これでは飛んで天空に戻れません。」 天使は困ったように(つぶや)いた。  「…どうするんだ?」  「歩いて帰るしかありません。 天使は普段は飛んで天空に戻りますが、負傷した際の方法もありますから。」  「そうか。」 大丈夫そうなら、放って置こうとした。 これ以上はラクスが関わる必要もない。  「エデンの塔は、天空に道が通じています。そこから帰ります。」 天使からその単語が出てくるまでは。  「エデンの塔…だと?」 エデンの塔。世界最高難易度の迷宮とされる塔。 いまだに未踏破領域があることから、宝を求めて挑む者が後を断たず、多くの冒険者がそこで命を落とした。 ラクスの仲間達も十年前にそこで失った。 あれから時が止まっていた。    「これ以上、ヒトであるあなたに迷惑をかけられません。ありがとうございました。」 天使に違わぬ穏やかな微笑(ほほえ)みを浮かべる。 歩き出した天使の腕を、ラクスは無意識に掴んでいた。  「エデンの塔に行くんだろ?だったら俺もついていく。」 ラクスは自然と言葉を溢していた。  「なぜ…」  天使はラクスを見つめ、不思議そうに見ていた。  「いくら天使でも、その半端な状態で一人で行けるほど、あそこは甘い場所じゃない。 登るだけなら、俺にも道がわかる。 あんたの役に立つはずだ。」 またあの場所に行くのだと、怖くないと言えば嘘になる。  だがそれ以上に、誰かが死ぬのをもう見たくなかった。 しばらくラクスを見つめていた天使は、目を細めた。  「不思議なヒトですね。わかりました。 私は天使である責務を果たす為、天空へ戻る必要があります。…あなたの力を借りましょう。」 そう言った天使は穏やかに微笑(ほほえ)んでいた。 これは十年前のリベンジだ。 今度こそ、誰も死なせない。 あの日の過ちは繰り返さない。 ラクスは天使を見て、そう誓った。
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