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普通自動二輪
「店長、凛ちゃんとバイクの免許取りに行く事にしました」
八百万屋のレジで呆然と立っている酒賀に翔太は切り出した。
「あぁ…… そー言えば凛ちゃん、腕前は一流だったけど、免許は小型って言ってたもんな。どうする?大型いく?」
「そこなんですけど、店長どう思います?」
「大型乗りたいなら別だけど、そうで無いなら中免でいいと思うけどな。大型乗るのが勲章みたいに思ってる人間もいるけど、オレも昔大型乗ってたけど、とにかく重い。乗ってる時は加速なんか最高だけど、どうしても乗ったらどこかで必ず降りる、降りたら次乗るのに多くの場合、押して向きを変えなくちゃいけないからな。坂であれば頭から入れとけば、次は重力に任せて向きを変えれるけど、小さくて軽ければそんな事考え無くてもいいからな。乗りたい車種は決まってるのか?」
「それも特にないですね。でも、山道なんかも走れたらいいなと思ってます」
「それならオフ車か……」
「オフ車?」
「あぁ、オフロードバイクの事な。まぁ翔太の場合問題無いな。以前オレも乗ってたけど、足が届かないから信号では縁石に乗るか、無ければバレリーナ並のつま先片足立ちだからな。オフも乗るならそれこそニーハン位がいいんじゃないか。軽いから取回ししやすいからな」
「ニーハンって、250ccの事ですか?」
「そう、大きく分けて50、125、250、400、それ以上、50は車の免許があれば乗れるけど、法定速度30kmと2段回右折が必要。125は小型免許が必要で、2段回右折無し、法定速度は道路標識通りで免許取得後1年で2人乗りが出来る。250は高速道路が使える。400は中免で乗れる1番大きいのだけど、251cc以上からは車検が必要。401cc以上は大型免許が必要。ザッとこんな感じだな。地域によって違うみたいだけど、いきなり大型が取れる所と一度中免取ってからでないと大型が取れない所があるみたいだから、教習所で確認が必要だな」
「じゃあ、中型免許を取ればニーハンでも400でも乗れる訳ですね。それなら中型でもいいかな。凛ちゃんはどうする?」
「私はとりあえず中免でいいかな。乗ってて欲しくなれば大型いくかもだけど、欲しくなってからにするわ」
こうして、翔太と凛は中型免許を取りに行く事になった。
それから2週間後の八百万屋。
「どうだ中免の方は?」
「それが、一本橋がどうしても苦手で…… 凛ちゃんは簡単そうに行っちゃうんですけどね」
一本橋とは長さが15メートル、幅が30センチメートル、 高さが5センチメートルの平均台を中型免許の場合、7秒以上かけて通らなければならず、早く進めば安定して通る事が出来るが、この7秒ルールの為、ゆっくり進まなければならず、リヤブレーキと半クラッチと姿勢を駆使して通るのだが、これが教習生を苦戦させる。
「一本橋は確かにオレも苦手だったな。とりあえず練習するか」
2人は凛の視界に入らない様注意しながら表に出た。酒賀はNSR80に跨りながら言った。
「教習車とはサイズも乗ってる体勢も違うから練習と言っていいか分からないけどな。なるべくまっすぐ遠くの方を見て膝でバイクを挟み込む。それと半クラで動力が繋がるか繋がらないか位で走るのとリヤブレーキで速度を調整、不安定になったら少しクラッチを気持ち開けて動力を繋ぐ、半クラとリヤブレーキをシーソーの様に使うかんじだな」
そう言って酒賀は手本を見せた。その後翔太は頭の中での平均台をイメージして何度も練習した。何度もやるうちに少しずつ安定して走れる様になって来た。
「だいぶいいんじゃないか?今日の所はこれ位にしとくか、じゃないと凛ちゃんにバレちまうからな」
「こんだけビンビンマフラー音がして、バレて無いはずは無いですよね」
そう言って2人はコッソリ、ヤードの方に移動した。
「そろそろバイクは決めたか?注文してから手元に来るにも時間がかかるからな」
「そう、それなんですけど、近所で何年も乗ってないヤマハのセローがあって、それを譲ってもらおうと思ったら肉券と交換してもいいって言ってくれましだけど、現金で支払って、とりあえず軽トラで家まで運んで来ました」
「それならそれを確認しないとな」
そう酒賀は声を潜めて言うと、凛にバレない様、特殊部隊が映画の中でやる様に、声を出さずに出口を2回指差し、出て行く合図を出した。出て行くまでの間もずっと特殊部隊っぽい合図を酒賀は出していたが、翔太には理解出来ないものが多かった。
何とか翔太の家に辿り着いた2人は納家に置いてあるセローに向かった。酒賀はキーを差し込みスターターボタンを押したが、うんともすんとも言わない。
「とりあえずバッテリーは切れてるな。あれっ、これキックが付いてるな」
そう言うと酒賀はタンクの蓋を開け、ガソリンがある事と匂いを嗅いでガソリンが腐って無いかを確認した。ガソリンは入って無かったとの事で翔太が足したらしい。酒賀はタンクの蓋をし、バイクのステップの上に立ち上がった。足でキックレバーを出し、全体重をキックレバーに載せて踏み込んだ。うんともすんとも言わない。それを何度かしているうちに酒賀は汗だくになって来た。
「これはキャブが詰まってるかもな…… オーバーホールは面倒何だよな……」
キャブとは正式にはキャブレターといい、ガソリンと空気を混ぜる機械式の装置の事を言う、キャブレターのガソリンを抜かずに放置すると、キャブレター内に複数ある小さな穴が詰まってしまう事が多い。
「持ち主の話では、最後にガソリンは抜いてたそうですけど……」
「キャブの詰まりじゃなきゃあいいけどな」
そう言って、汗だくの酒賀がキックレバーを踏み込んだ次の瞬間、マフラーから、けたたましい音が鳴り響いた。
「掛かったな」
そう酒賀は呟きながら、アクセルを煽ってみると、それに合わせてマフラーからブォン、ブォンと鳴り響いた。ウィンカーやライト、ブレーキランプが付いているのを確認したら、セローを納屋から出し、敷地内を歩く程度のスピードで、走る止まるを繰り返したり、バイクの上でバイクに何度も体重をかけて、サスペンションやブレーキの具合を確認した。
「大丈夫そうだな。多分バッテリーさえ換えれば乗れるだろう」
そう言って納屋にあったドライバーを取り出し、バッテリーを取り出した。
「これを持ってバイク屋に行って、新しいの買って来たら取付だけど、その時にはこの赤いコードのプラスから取り付けるんだぞ、じゃないと最悪ショートしちゃうからな。不安ならオレに相談してもいいし、親父さんに相談してもいいだろう、田舎の人は農機具を自分で直す人が多いから多分出来ると思う」
そう言って2人は八百万屋に戻ると、酒賀は気に入ったのか駐車場の辺りから特殊部隊員になりきった。だが入口を入ると凛が目の前に立っていた。目が合った瞬間酒賀は突然、映画の中の特殊部隊の上官が部下に命令する様に
「ゴー! ゴー! ゴー! ゴー! ゴー! ゴー!」
と叫びながら、身をかがめながら凛の前を走り抜けた。翔太も同じ様な姿勢で一緒に駆け抜けた。ヤードに辿り着いた酒賀は一言「特殊部隊も大変な仕事だな」と漏らし、翔太は返す言葉も無かった。
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