ツーリング

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ツーリング

 その日いつもの様にガラガラの八百万屋の駐車場に私服姿の酒賀はエンジンもかけずNSR跨っていた。無事普通自動二輪免許を取得した翔太と凛がツーリングに行きたいと言うので、3人で休みを合わせたのだ。そこにオフ車様のヘルメットを被った翔太がセローに乗ってやって来た。 「バッテリーは無事つけれたのか?」 「えぇ何とか自分で交換できました」  それを聞いた酒賀は、翔太が跨ったまま、セローのエンジンを一度切ってから、スターターボタンを押した。すると押した瞬間にマフラーからけたたましい音が鳴り響いた。 「調子は良さそうだな。当たりを引いたな」  酒賀がそう言うとそこに遠くから重低音が特徴的なバイクの音が近付いて来る。クラシックな雰囲気のそのバイクは2人の前に停まり、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。 「凛ちゃんかっこいいバイクだね。これなんてバイク?」  その翔太の問いに酒賀が答えた。 「これはSR、1978年に登場してから外観は殆ど変えず、このクラシカルなデザインと単気筒特有のこの低い音が皆んなに愛されたロングセラーのバイクだ。お陰で社外品も沢山あって色んな形にカスタムされてる事も多い。残念ながら2021年で生産終了になっちゃったけどな。んっ?そう言えばSRって、キックでしかエンジンかけられないんじゃなかった?」 「そうなんですよ〜 この子は調子が良いから今は一発でかかるからいいけど、冬が心配」 「そうだよな。冬はエンジンかかりにくいからな。なのに何でSRにしたの?」 「それはこの可愛さと音ですよね。見た目もいいなぁと思ってエンジンかけてもらったら、もう衝動買いでした」  30分程八百万屋の駐車場で、お互いのバイクを観察したり自慢したりしていた。 「所で凛ちゃんの言うモネの池ってここ?」  酒賀はそう言うとスマホの地図アプリを凛に見せた。 「そうそう、ここ、キレイでしょう」 「よしっ!じゃあ行くか。凛ちゃんが先頭走ってもらおっか、その次に翔太な。翔太は凛ちゃんの真後ろを走るなよ。急に何か起きた時に対処出来ないからな。あと、凛ちゃんも国道では法定速度で走ってね」 「あらっ、意外とそんな所真面目なんですね」 「いやいやそんな真面目な男じゃないぞ、バイクに乗ったらエンジンが気持ちよく回る範囲で飛ばしたくなるのがライダーの心情だ、だけどそれとは別に、前に車がいない状態で走るのも最高なんだ。そこで陥るのが、法定速度オーバー。先頭を走って気持ち良く法定速度以上で走ると、いつか必ずその前の集団に追いつく。その場合最後尾を走る事になるから、前に車が無い言う最高の環境を失う事になる。なるべく最高の環境を手に入れる為には法定速度は遵守すべし!」 「なるほどねー 言われてみればその通りね」 「速度の遅いじーさんばーさんとトラックはライダーの敵と心得よ!」  3人はバイクのエンジンをかけ、県道68号を北に向かった。川に沿った形で走っているこの道路は、ゆったりとしたカーブで暑い時期にはとても涼しくツーリングには最適な道だった。この春先の時期には新緑の香りが鼻から通ってツーリングの楽しさを倍増させた。先頭を走る凛は安定感のある走りで、翔太との距離は開くばかりだが、途中その事に気付くと凛はスピードを緩めた。  普段1人で気ままにツーリングする酒賀にとっては翔太の遅すぎるスピードはストレスでしか無かったが、翔太と凛と遠出するという楽しみも感じていた。  凛も慣れてるとは言え、400ccの大きさのバイクを公道で扱うのは疲れると見え、スピードにばらつきが出ていた。それを見た酒賀は「道の駅美濃白川」の看板を見た瞬間スピードを上げ、翔太を抜き凛の横に行くとヘルメットのシールドを上げた。前を指差しながら、道の駅で休憩すると大声を出したが、風の音がうるさく凛まで声は届かなかった。困った酒賀は凛の前を走り、信号で右折のウインカーを出し、道の駅で休憩する事を伝えた。道の駅に着いてから最初に口を開いたのは翔太だった。 「結構緊張して疲れますね」 「私も流石に疲れたわ」 「まぁ慣れないうちは肩に力が入っちゃうからな」  そう言って酒賀は自販機で3人分のコーヒーを買って2人に渡した。3人ともそれを飲みながら、走っている時の感想だったりダメ出しをした。その後道の駅の中を覗き、ゆっくりした後、酒賀はこれから道の駅があったらそこで休憩する旨、凛に伝えて3人は出発した。ヨンイチ《国道41号》と呼ばれる国道から途中、県道を使って国道256号を走った。最後のトンネルでは寒いうえに、どれだけ走っても出口が見えず、3人は絶望を味わった。そこから数キロ走った所にモネの池はあった。モネの池と言われるその池は、透き通った透明な水に睡蓮と白い砂地、錦鯉がコントラストとなり、まさにクロード・モネの「睡蓮」の様に美しい色彩だった。 「きゃー キレイ…… でも残念ながら写真の方がキレイね」 「まぁ近年写真は加工が簡単に出来ちゃうからな。あと天気によっても違うかもしれん」 「まぁでもキレイだからいいわ」  そう言って凛はスマホで写真と動画を撮りまくった。モネの池を堪能したら3人はお腹が空いている事に気付いた。見るとモネの池の横にお店があった。そこで、ちまきを購入して食べる事にした。凛はそのちまきも写真に収めていた。 「こーゆー所で食べるのって、何でも美味しく感じるのよね。疲れが一気に吹っ飛ぶわ」   「確かにそうですね。でもこれ、フツーに美味しいですよ」  ちまきを食べた3人は別ルートで帰る事にした。途中道の駅で休憩しながら行ったが、最後に寄った「道の駅 土岐美濃焼街道 どんぶり会館」では意外な事が起きた。 「おしゃれな器ね」 「本当だな、シャレた器がいっぱいあるな。でもこーゆーのは高いんだよな」  そう言って酒賀と凛は値段を確認した。 「安っ!」  2人は同時に声を上げた。 「えぇー こんな綺麗な皿が1000円しないって…… すげえな。凛ちゃんこれ見て、高級料亭で使われてそうなこの皿」 「それも可愛い、でも店長これも見て、ターコイズの様なキレイな色」 「これ焼魚載せたら合うな〜 その下に裏山の竹の葉なんか採ってきて魚の下に敷いたら、まじ美味そう」 「このお皿、サラダ載せてもいいわ」  2人はこれもいい、あれもいいと興奮気味になっていた。それを見た翔太は呟いた。 「2人が意見一致した所初めてみた……」  その後、酒賀と凛はお皿を数枚迄に厳選して購入して、家路へと向かったのだった。   
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