ジビエデビュー

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ジビエデビュー

 酒賀は納屋にあった草刈機で、以前は田んぼであったであろう場所の草刈りをしていた。確かに草刈り大変だなと独り言を言いながら黙々と背の伸びた雑草を刈っていた所に翔太が現れた。 「早速草刈りですか?」   「前から1度自然農ってのをやってみたかったんだよな」 「自然農って何ですか?」 「オレも動画で観ただけで詳しくはないけど、最近一部の農家で流行ってるみたいなんだ、畑を耕さず無肥料、無農薬で自然のまま育てるんだって」 「そんな事出来るんですか?」 「まぁ現実にやってる人がいるからなぁ。とりあえず見よう見まねでやってみようと思ってな。実際、この雑草達も肥料やった訳じゃ無いからな」  そう言い酒賀は、ただの地面の様な畑に一定の間隔で大根やオクラの種を植えて行った。  数日経ったある日出勤前に畑の様子を見に行った。そこには植えた種全てではないが、一部芽が出ていた。 「ホントに芽が出た…… このまましっかり育ってくれよ」   と、野菜の芽に話しかけると上機嫌で八百万屋に向かった。  翔太の姿を確認した酒賀は、今朝の出来事を得意げに話し自分の野菜愛を語った。そのまま順調に野菜が育ってくれると思っていた2人だが、そうはならなかった。  あれから毎日野菜の芽の成長を見てニンマリするのが日課だった酒賀だったが、数日経ったある日畑に異変があった。草マルチも枯れ真っ平らな薄茶色の畑が、ボコボコに荒らされていた。何が起きたかわからない酒賀は呆然とその荒れた畑を見つめていた。そこに翔太が現れた。 「これ猪ですね」 「猪がいるのか?」 「そうですよ。近年猪が山から降りて来て、こう言う畑の被害が多いんですよ。最近被害は減って来たけど、それでも県全体で毎年7000万円位の作物被害が出てるんです。」    ボコボコになった畑を観察しながら翔太が 「親子連れですね。この足のサイズからして親は100キロ位ありそうだなぁ」 「そんな事分かるのか?」 「そうですね。ここ見て下さい。大きい足跡と小さい足跡があるの分かります?」 「あぁ、コレが足跡か?」 「そうですね。こっちが親、こっちが子供、子供は2頭かな?」 「詳しいな?」 「僕鉄砲やってるんですよ。おじいちゃんがやってた影響で、ウチはオヤジもやりますし、昨日の夜ごはんも牡丹鍋でした」 「マジか。猪の肉って臭いんだろ?」 「中には個体によっては臭いのもいるけど、それよりも後処理によって違って来ます。早めに血抜きしてなるべく早く冷やしてやると全く匂わないですよ。良かったら食べてみます?」 「おおそれはいい。オクラちゃんの仇はいつかにとっといて、とりあえず敵を知るには味見からだな」  意味が分からないと思いながらも後日、猪のロースと鹿のロースを酒賀に渡した。  引越しの片付けも落ち着いた家で、まだ囲炉裏化していない事を悔やみつつ、酒賀は牡丹鍋を作る事にした。  まずは白菜をざく切りにし、木綿豆腐を一口サイズにきった。白ネギを1㎝幅の斜め切り、余っていた人参を3㎜幅の輪切りにした。生姜薄くスライスした。冷蔵庫の中を見ると糸蒟蒻があったのでそれを洗った。一般的には糸蒟蒻は切って使うものだが、酒賀は糸蒟蒻は切らずに麺の様にして食べるのを好んだ。後はもらった猪ロースを5㎜幅に切り、鍋にそれらの具材を全て入れ、水と日本酒を適当に入れ、そこに具材に味付けの為、赤味噌を少し入れ蓋をし火にかけた。  沸騰してきたので火を弱め、10分程弱火で煮た。1度味をみてその後白味噌を追加し火を止めた。最後に味噌を入れたのは、味噌は沸騰させると風味が飛んでしまうためだった。  味変様に以前立ち寄った道の駅で購入した「あじめこしょう」と「女城主」と書かれた日本酒を用意し、蓋を取るとそこは一瞬で湯気で真っ白になった。 「我ながら旨そう。これが囲炉裏だったら最高に絵になったのに!早く囲炉裏化しないとな」    そう言って猪ロースを口に入れた。 「旨いっ!確かに全然臭くない。脂は歯応えがあってくどく無いし、なんでこんな旨い物が世に出回って無いんだ?」  酒賀は全て平らげ、残った汁は翌日雑炊する様にとっておく事にし、そのまま布団に入った。    翌日朝起きて雑炊の準備に取り掛かる。 酒賀の雑炊は単純である、米とのサイズ感を統一する為、全ての野菜は細かくみじん切り、葉物によっては3㎝幅に切る事もあるが、この日の具材は白菜、人参、生姜、大根の為全てみじん切りにし、昨日浸したお米と一緒に鍋に入れ、そこに鰹節の小袋を一袋入れた。酒賀は鍋の後の雑炊は肉がメインの鍋には、魚系、魚系の鍋には肉を入れる事を好んだ。ただ貧乏症の為肉は鶏肉になる事が殆どだった。  沸騰した所で悩んだ末に卵は溶き卵にせず、そのまま殻を割り投入する事にした。半熟状の溶き卵も魅力的だが酒賀は味噌汁に卵を割り入れた物も大好物だった為である。  お米に芯が残っていないのを確認し、野菜から水分が出た為味が薄くなっていたので、そこに赤味噌を足した。 「猪の出汁に味噌がめっちゃ合うな。鍋の後の雑炊は幸福にしかならん」  酒賀は早く猪への感想を翔太に伝えたいと思いながら出勤の準備に取りかかった。  酒賀は八百万屋に着いた途端、興奮した様子で翔太に話しかけた。 「猪旨いなっ!ホント全然臭く無いし、あんな歯応えのある脂身初めて食べた!なんであんな旨い食材が世に知れ渡ってないんだ?」 「最近ジビエは人気で道の駅なんかでも結構扱ってますよ。値段が高いですけどね」 「そうか値段が高かったからオレの視界に入ってこなかったんだなぁ。また、猪取れたら頼むな」 「欲しかったいつでもあげますよ。家の冷凍庫一杯になってるんで、いつも処分しきれないから猟の回数も控えてるんですよ」 「そんなに肉あるのか?なら売ったら?」 「売りたくても売るためには解体設備が必要ですし、販路が無いんですよ。最近では食べる為というより、人間の生活の害を減らす為の駆除であって、多くの猟師は食べずに処分してます。僕は猪や鹿に申し訳ないから食べる分しか狩らないので、害獣駆除って言う意味ではあまり貢献出来て無いですけどね」 「そうなのか?もったいないなぁ。確かに1頭で相当な量の肉になるんだもんな。家族でって言ってもそんなに食えないしな」 「そうなんですよ。ウチはホルモンなんかも全部食べるんで冷凍庫から減ってかないんですよ」 「ホルモンもあるのかっ⁉︎食べたい、食べたい」 「いいですよ。どの部位がいいですか?」 「全種類、全種類」 翔太は了解しましたと言った所で店の方から凛の大きな声で、「いらっしゃいませー」との来客を告げる声が聞こえて来た。しばらくすると凛が「店長」と呼びに来た。レジに向かうとそこには手にチラシの様なものを持った後藤さんの姿があった。後藤さんは近所のおばあちゃんで、酒賀もこの頃には店に来る人の名前も覚え始めていた。 「店長さん、このチラシ店に貼らしてもらえんやろか?」  と手に持っていたA4サイズの紙を差し出した。そのチラシにはかわいい3頭の子犬の写真が載っていて、大きな文字で貰って下さいと大きく書かれていた。 「ウチの飼ってるコロちゃんが子供を産んでねぇー さすがに4頭も飼えないから誰か貰ってくれる人を探してるんだよ」 「いいですよ。入口が一番目に入ると思うんで,そこに表からと中からと見える様に2枚貼っときますか?」 「それはありがたい。それならもう1枚家から持って来るよ」  酒賀は大丈夫ですよといい奥に入って行きしばらくすると2枚になったチラシを入口のドアに貼り始めた。その後何度もお礼を言う後藤さんに早く見つかるといいですねと声を掛けた。 後藤さんが帰った後3人でそのチラシを眺めていた。暫くするとひらめいた様に翔太が言った。 「店長このワンチャン1頭貰ったらどうですか?性格にもよるけど長いリードつけとけば、猪対策になると思いますよ」 「イヤイヤ、オレが動物の面倒みるとかありえないから」 「こないだ池に鯉飼いたいって言ってたじゃないですか?最近田舎で鯉飼う人が減ったのは、鳥とかアライグマとかに食べられちゃうからなんですよ」 「おいおい、飼い気促す様な事言うなよ〜  ってか、アライグマも出るのか?」 「アライグマだけじゃないですよ。ヌートリア、ハクビシン、猿まで出ますよ」 「マジかぁ でも動物飼うのは無いわ」  そう呟きながら酒賀はチラシを眺めた。  翌日翔太が大きな発泡スチロール一杯のホルモンを持って来たので、その夜酒賀は小腸と説明されたもの以外を冷凍庫にしまい、小腸の入った袋に塩とお酒を入れ、揉み込んだ。  その間先日買った七輪と炭を庭先に持ち出し火を起こした。台所に戻り先程の小腸を水で洗い流し、水分をキッチンペーパーで拭いた。にんにくと生姜をみじん切りにし、小腸の半分を新たな袋に入れそこににんにくと生姜のみじん切り、味噌と酒を入れもみ込み冷蔵庫にしまった。 残りの小腸を皿に乗せ、塩と胡椒を振った。それを火が起きた七輪の網にのせた。 「どれどれ、ホルモンちゃんのお味は如何に?」  よく焼けた小腸を1つ口に含むとハフハフ言いながら、これはレモンかなと呟きながら冷蔵庫からレモンと書いてある瓶とビールを取り出し、他の焼けた小腸にもレモンを掛けて口に含むと、 「旨いっ!肉はこってり味の白ごはんが最高だけど、酒のつまみにはやっぱりレモンだ。これを売らないなんて非人道的だな」  そう呟き、残りの小腸と冷蔵庫に入れた味噌漬けの小腸の一部をその日平らげた。  
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