愛犬武蔵

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愛犬武蔵

翌日、八百万屋で翔太に小腸のお礼と感想を,述べると 「やっぱりあの肉は世間にデビューさせないといかんぞ」 「昨日も言いましたけど、売りたくても解体設備と販路が無いんですよ」 「販路なんて家の前に看板出しときゃいいじゃん」 「こんな田舎に誰が買いに来るんですか?」 「そりゃあ近所の人じゃない?」 「誰も買わないですよ。みんなスーパーの安い豚肉で間に合ってますから」 「それだったら、スーパーの豚肉と同じ値段で出したらいいじゃん。この辺はスーパーも遠いし、年配者も多いから、わざわざ遠くまで豚肉買いに行くより、近くであの旨いジビエを食った方が絶対いいって」 「買う人いないと思いますけど…… 確かに値段については特に必要経費がかかる訳ではないからいくらででも出せますけど、後は解体設備が無いですからね」 「解体設備なんか自分らで、その辺の空き家を改造したら?空き家なんてその辺に売る程あるだろ」  その日翔太は家に帰ると叔父さんの源三が居間で父親の武史と世間話をしていた。源三は大工をしていて、独身の為たまに時間があると現場の帰りに立ち寄って夕飯を食べて行く事が多かった。 「叔父さん、センサー式の手洗い器って幾らぐらいするもん?」 隣に座っていた武史が驚いた様子で 「どうした急に?家の手洗い器なんか壊れてないだろ」 「ウチの手洗い器の話しじゃないよ。こないだウチの店長に肉持ってったら売った方がいいって話になって、解体設備もその辺の空き家を改造したらいいし、調べてみたら土間工事とか手洗い器とかお金かかりそうな物もあるけどいくら位するのかな?って思って…… 」  「解体設備作った所で買ってくれる人がいなきゃ売れないだろ」 「それもこの辺の人にスーパーの豚肉とおんなじ値段設定にすれば、年配者も助かるって言われて…… 確かに一理あるかなって思ってさ」 「確かにこの辺は車社会だから80過ぎても皆んな運転するけど、億劫そうだもんなぁ」  親子の会話を横で聞いていた源三が 「翔ちゃん、必要な条件書き出してみてよ。床とかとなると専門外だし、手洗い器って言っても色んなのがあるから一回確認してみるわ。空き家ってのもどこか見当ある?」 「それなら叔母さん所はどうだ?あそこは子供も居ないし、3年前に亡くなってからずっと空き家になってるから…… 」  その後、夕飯を食べた後源三は、翔太が必要な条件を箇条書きにしたメモを受け取って帰った。  それから数日経ったある日 「翔太、肉屋の件はどうだ?」 「店長、やっぱり冷凍庫なんかが高いんですけど、父親もお金貸してくれるって言うし、何とかならなくも無さそうなんですよ。ただ、叔父さんが人工代を翔ちゃんからは取れないって言って聞かないんですよ。まっ人工代払ったらかなりキツいですけどね」 「ん〜 なら、肉の引換券渡したら?」 「肉の引換券?……」 「店が出来たらその引換券分の肉を渡す。そのまんまだな」 「あ〜 確かに叔父さんウチの肉喜んで食べてくれるけど、どこか遠慮してる節もあるから、それなら受け取って貰えそうだなぁ。ウチの負担も無いからそれがいいや。あと、誰に店番を頼むかなんですけど…… 」 「無人でいいんじゃない?この辺で盗む人間なんて居ないだろ。貯金箱置いといて勝手に持ってってもらえば…… そうするとお釣り問題が出るか〜 貼紙貼って両替は八百万屋でって書いとくか」 「無人かぁ〜 確かにこの辺で盗む人なんか居ないですね。でも肉屋始めた事誰にも気付かれ無いですね」 「ん〜…… イベントやるか?試食会的な」 「それはいいですね。味も分かって貰えるし部位によっては硬くてミンチにしないと食べにくい所もありますからね。でもそのイベントのお知らせをしないとですね」 「とりあえずこの店に貼るのと…… 回覧板に入れてもらうか」 「回覧板ですか?…… それならウチ今年町内会の役員やってるんで、町内会長に頼んでもらえばいいか…… なんか現実的に出来そうな気がしてきましたね 」  その日翔太が家に着くと源三の車が止まっていた。酒賀と話した事を説明すると父親の武史の方が乗ってきて、源三にすぐに工事をやってくれと頼み込んだ。源三の方も丁度今仕事がひと段落して時間があるとの事で明日にでも業者に連絡してくれる事になった。 「店長、最近畑の方はどうなんですか?」 「それが、アイツら場所を覚えたらしく、種を植えた翌日には掘り返しやがる。どうにかならんもんかよ」  そう聞くと翔太は嬉しそうな顔で、以前後藤さんが入口に貼っていった、コロちゃんの子供の里親募集のポスターを指さして 「コロちゃんしか無いですよ。ある程度育たないと番犬としては頼りにならないかもしれないですけど、ひょっとしたら猪が匂いを嗅ぎ取って寄って来なくなるかもしれないですよ」 「ペット飼った事無いんだよなぁ…… 自分以外の糞の後始末なんて考えられないわ」 そこに凛が会話に入って来た。 「とりあえず、見るだけ見て来たらいいじゃないですか。どうせ暇なんだし……」 「まぁそうだな。暇つぶしに行って来るか」  そう言うと翔太を誘い制服を脱いだ。後藤さんの家は八百万屋から1km程先にあり、歩いて行くことにした。近頃は凛も仕事を押し付けられる事にも慣れきて、酒賀達と仕事をするよりどちらかというと1人でのんびり出来る事の方が嬉しそうである。  後藤家に着くなり、ワンちゃんが小さい子犬特有の甲高い声でキャンキャン言いながら出迎えた。薄茶色の小さいワンちゃんが酒賀の足によじ登るように戯れて来た。その様子を後から現れた親のコロが見守るように眺めている。すると、おやおやと言いながらゆっくりと後藤さんが現れた。 「店長さん。こないだはポスターありがとうね。お陰様で2頭は貰い手が決まって後はこの子だけになったよ」 「そうなんですか、良かったですね。残りはこの小さい方の子だけって事ですね。可愛いですね〜 店長にもエラく懐いてるじゃないですか。この子名前はなんて言うんですか?」  「名前はまだ決めてないよ。新しい飼い主さんに決めてもらおうと思ってねぇ」 「あれっ!もしかして…… 店長!この子縄文犬の血筋ですよ!」 「縄文犬?」 「縄文時代の遺跡から出土した骨がこーゆー顔の形だったみたいで、顔が細長く犬って言うよりも狼みたいに顔の段差が狭いんですけど、縄文時代に狩猟で使われてたそうですよ。番犬にはピッタリじゃないですか!」   「ほんとにか?この懐き様は下手したら猪にもなつきそうな気がするけどな」 「番犬を探してるのかい?それならこの子はいいと思うよ。コロなんかも前におっきな猪が夜中に出た事があったけど、その時にも追っ払ってくれたからねぇ。頼りになる子に育つと思うよ」 「バッチリじゃないですか!エサは何をあげればいいんです?」 「ウチでは味付けする前の自分のご飯と同じ物をあげてるけど、喜んで食べてるよ」   「まぁ とりあえず飼ってみるか。どうだウチに来るか?」  そう酒賀に問いかけられたワンちゃんは意味が分かるのかキャンキャン言いながら酒賀の足に身体を擦りつけていた。  観念した様子で酒賀はこの子を貰い受ける事にした。そのまま一緒に八百万屋まで帰るとワンちゃんの姿を確認した凛が出てきた。凛の姿を確認するとワンちゃんはキャンキャン言いながら凛に向かって行った。 「ホントに番犬になるのか?」  翔太は、「さぁ」とだけ言って苦笑いをした。 「飼うことにしたんですね。名前はなんて言うんですか?」  凛にそう尋ねられ、暫く考えた後 「そうだな…… 武蔵にするか。よしっ、今日からお前は酒賀武蔵だ」  そう言われた武蔵は分かってか分からずかキャンキャン言いながら酒賀の足に身体を擦りつけた。  その日の夜武蔵を連れ帰り、食事の用意をする。 「武蔵、ジビエ食うか」  キャンキャン反応する武蔵を見て、解凍しておいた猪の心臓と大腸を冷蔵庫から取り出し、一口大の大きさに切り分け、右手を大きく上げて上の方から焼き塩を全体に振りかけた。余分な水分を出す為である。その際酒賀は粒の細かい焼き塩を好んだ。水分が出るまでの間、土間に七輪を用意し炭を起こした。具材を見ると、余分な水分が滲み出ていた。普段であればその水分を拭き取りそのまま料理をするが、武蔵の方に一度目をやり、塩を洗い流す事にした。それを拭き取ると、皿に移し七輪へと戻る。  仕込んでいる時からずっと横で武蔵が生でいいから早くよこせと言わんばかりにキャンキャン言いながら飛び跳ねていた。炭で炙った物を武蔵用の皿に置いてやると興奮した様に飛びついた。食べ終わるとすぐに次をよこせと言わんばかりに焼けたホルモンに向かって吠えた。 「これじゃあオレの食う分が無くなっちゃうだろ。旨いか?」  キャンキャン吠えるので、冷蔵庫から残りの大腸を取り出し、焼いてやった。焼いても焼いても次をねだり、解凍しておいた物が全部無くなったしまった。 「相当ジビエ好きだなぁ。でもコレはオレの分だからダメだぞ」  物欲しそうに酒賀用のホルモンを見つめる武蔵を横に、別の器に用意しておいた漬けダレに、焼けた物を漬けて再度網の上で焼いた。それを3回繰り返し、あじめこしょうをかけて口に含んだ。噛みきれない大輝を何度も何度も噛んで飲み込んだ後、武蔵に向かって、  「確かにもっと食べたくなる気持ちが分かるわ」  武蔵はキャンとだけ吠えた。    
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