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食肉処理施設
「翔太、その後解体施設の方はどうなった?」
「だいぶ、らしくなって来ましたよ。冷蔵、冷凍庫も入りましたし、叔父さんに相談したお陰で、今より解体もかなり楽に出来そうです。他にも良かったのが、狭い地域もあって何が出来るかって、噂が広まって肉屋の事はもう町内で知れ渡ってるみたいです」
「まぁそうなるな。後はいつオーブンするかだなぁ。何時頃完成するって?」
「叔父さんも他の仕事が入ったんで、少し時間がかかるって言ってましたけど、1ヶ月は掛からないみたいですね」
「よしっ! なら一回見に行くか。凛ちゃん後お願いね」
「はいはい、どうぞゆっくり見て来て下さい。あっそろそろ時給上げて貰っても構いませんけど?」
「まっ、そこは…… 暇な店だから予算が少なくってね…… 」
と、酒賀はどこを見るでもなく、頭を掻きながらそそくさと翔太と店を後にした。
解体処理施設に到着してみると、外からの見た目はただの古民家だった。ただ古民家と少し違うのは水色に塗装された玄関入口だった。そのスペースを翔太が指を指して説明した。
「最初取って来た獲物をここで一回高圧洗浄機で洗うんです」
そう言った後玄関を開けて中に入ると、一般的な古民家の土間のスペースが一面水色の床になっていた。そこにステンレスで出来たシンクや棚があり、天井にはレールが付いていて、ドアの閉まった隣の部屋に続いていた。レールの手前部分には棒の様な物がチェーンにぶら下げてあった。
「ここで内臓の取り出しと皮を剥ぎます。今まで地面で作業してたんですけど、コイツに獲物をぶら下げて作業出来るんです。これが今回1番嬉しいですね。更に皮を剥いだら隣の部屋で切り分けるんですけど、このレールのお陰で、ぶら下げてたまま隣に移動出来る様になってます」
翔太はそう嬉しそうに話しながら隣の部屋に案内した。その部屋もさっきの部屋の様に水色の床とステンレスのシンクと棚、さっきと違うのは真ん中に大きなステンレスの台が置いてあった。
「昔牛を飼ってた場所を部屋に改築したらしいんですけど、そこを今回解体して加工室にしました。ここである程度の大きさに切ったら冷蔵庫で数日寝かせます。その後お客さんに渡す状態にまで切り分けて袋詰めですね。最初は量を測って手書きの値段シールを貼るつもりです」
「値段かぁ…… 一律1000円にしたら?無人でやるならお釣りを渡せないし、500円だと…… 持ってない可能性もあるからな。1000円も無いとは言えないけど、持ってる確率も高いし、慣れてくれればお客さんも1000円用意してくれるだろ」
「1000円均一ですか? いいですね部位によって量を変えればいいですもんね。そうしましょう」
「もう殆ど完成だよな?そろそろ試食会の予定も組まないとな」
そう言われた後翔太は何か考える様に黙り込んでしまった。
「どうした? 試食会はなんか嫌なのか?」
「いや、そうじゃないんです。試食会は全然やりたいんですけど、お店が現実的になって来ると楽しみな反面、本当にお客さん買ってくれるのか不安になって来て…… 」
「なんかマリッジブルーみたいな話だな。まぁ確かに気持ちは分かるけどな…… 失敗は成功のもと。人はそうやって成長するんだから。今成功してる人も沢山の失敗の経験を活かしたから今の立場がある訳で、失敗の無い人生なんてないからな。失敗した所でいい経験が積み上がるだけだぞ。とは言えなんか他に対策かぁ〜…… じゃあ消費税非課税を売りにするか?」
「消費税非課税……? それどういう事です?」
「新規事業を始めた2年間と売上が1000万円以下の事業者は消費税を納税しなくていいんだ。ただお客さんから消費税を払ってもらっても問題は無い。その際にも消費税を国に払わなくてもいいから一般的にはお客さんから消費税払って貰って、そのまま売上にしちゃう事が多いと思うけどな。ここは小さい地域だから2年後にも売上1000万円なんて夢のまた夢だろ?他の店で買えば同じ1000円の商品を1100円払わないといけないけど、翔太の店では1000円の商品が1000円で済む、実質他店と思うと1割引でお客さんに提供出来る訳だ」
「えっ、そんなシステムなんですか?…… 知らなかった…… でも、お客さんから消費税ってうたって売上にするって、詐欺じゃないですか?」
「まぁ確かにな…… でも、新規事業を立ち上げて全て上手くいくかって言ったら不安な面もあるだろ?翔太も今正にそうだろ?その為にも貰える物は貰いたいってのも気持ちは分かるけどな…… ただそこを翔太の店では消費税非課税、つまり1割引で買えるのを売りにすればどうだ?少しは不安が解けるんじゃないか?」
「そうですね。完璧に不安が無いかって言ったら嘘になりますけど、大分気持ちは楽になりますね。なんて言っても買ってくれる人に安く提供出来るのは嬉しいですね。その方向でやります」
「じゃあ後は試食会の準備だな。日にち決めたら試食会のチラシを回覧板で回してもらえな」
それから2週間経った頃解体処理施設が完成した。源三が翔太に設備の説明し終わった頃、翔太がカバンから何かを取り出して源三に渡した。
「何これ?」
「叔父さん現金を受け取ってくれないから、お肉の引換券作ったから、これ使ってもらおうと思って」
「へぇ〜 この券で肉貰えるって事?そりゃいいわ。ありがとう。っで、幾らあるんだ?ってこの10万肉ってどういう事?」
「10万円分の肉券。細かいのも作っておいたけど、それが無くなったら言って、細かいのに両替するから」
「そういう事?でも単位が肉って…… 翔ちゃん結構雑だね」
「いやっ、これは店長が肉でいいんじゃあねぇって」
「あぁ、なんかあの人ならそう言いそうだな。っでこれが、1、2、3、4、5、って、一生使い切れないじゃん」
「そうしたら、叔父さんが最後を迎えた時に僕が相続するから大丈夫」
「意味ないじゃん。まぁいいや翔ちゃんが締めた肉は旨いからなぁ。これならありがたく受け取れるわ。翔ちゃんありがとう」
「こちらこそありがとう。叔父さんがいなかったら多分計画だけで終わってたと思うし、こんな立派なのが出来て本当に嬉しい。ありがとう」
翔太は源三が帰った後も施設の一つ一つを眺めながらほくそ笑んだ。
試食会のメニューについては殆ど決まっていたが、細かな打合せを母親と済まし、部屋に戻りパソコンを立ち上げた。画面にはあと、日付けを入れるだけになっているチラシが現れた。そこに2週間後の日曜日の日付けを入力した。
「失敗した所でいい経験が積み上がるだけ」
そう呟き、パソコンを閉じた。
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