試食会

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試食会

 試食会当日、町内会長に頼んで回して貰った回覧板は1週間前に遠藤家に回って来ていた。既に町内には肉屋の存在は知れ渡っていたが、試食会についてはこの回覧板でしか知られていない。1週間前に遠藤家に回って来たという事は、恐らく町内全体にも回覧板が回った筈だった。  昨日の内に仕込んで置いた材料の中から大きな寸胴を取り出し火にかけた。 「この匂いはカレーか?旨そうだな」 「流石ですね。昨日の内に母親が作って一晩寝かせたカレーです。鹿と猪の首の部分やスネが入ってます。この辺の部位は固いし筋があるんで、ウチではカレーと言ったらこの辺を使います」 「いいねぇ〜 楽しみにしとくわ」  翔太はカレーを火にかけた後、U字溝をひっくり返し、そこに炭を入れて火を起こしていると、そこに後藤さんが現れた。 「おはようございます。あらあら今日は店長さんが従業員かね?」 「いやっ、僕は食べる係です」 「そうかい、所で今回は本当にタダなのかい?」 「えぇ、今回はジビエの味を知って貰いたくて。昔は冷蔵も今ほど発達してなかったり、血抜きも遅かったりで、ジビエは臭いってイメージの人が多いと思うんですよ。その辺りをちゃんと処理すると美味しい肉になる事を知って欲しいんです。後藤さん、今日は沢山食べてって下さいね。普段はステーキにする部位も薄い焼肉にしますんで、後藤さんでも全種類食べで貰えると思います。良かったら焼肉とスペアリブ用意しましょうか?」 「スペアリブって骨の付いたあれかい?食べた事無いけどせっかくだから頂こうかね」 「じゃあ今から焼きますのでちょっと待っててもらえます?」  そう言うと翔太はクーラーボックスからスペアリブ4つと薄く切ってある肉を4枚取り出し、塩と胡椒をかけて網の上に置いた。しばらくすると、プシュッ、プシュッと脂分が弾ける音と焼かれた肉のいい匂いが広がった。先に焼けた焼肉を紙皿に載せると2枚の皿に取り分け、酒賀と後藤さんに渡した。 「こっちが猪、こっちが鹿です。猪は3歳位のメス、鹿は5歳位のオス鹿のロースになります。今日は味を知って欲しいので、塩胡椒でそのまま食べて貰うか、脂っこければレモンをかけて食べて下さい」 「年齢や性別で味が違うのか?」 「そうですね。全然違いますし、獲れる時期によっても違いますよ」  酒賀と後藤さんは皿に載った肉を口に運んだ。よく噛んで味わった後、酒賀と後藤さんは 「ホントだ、こないだ貰ったのと全然味が違う」 「本当に美味しいね〜 昔食べた猪はもっと獣臭くてあまり好きではなかったのよ〜 これでおいくらなの?」 「とりあえず、1000円均一でやるつもりです。ロースなので大体これくらいの大きさですね」  翔太はそう言うと両手の親指と人差し指で大きさを説明した。 「そんな値段で売ってくれるのかい?それで利益はあるのかい」 「そもそも利益が欲しくてやるんじゃ無いんですよ。今は害獣被害が多いし、かと言って殺して捨てるのは鹿や猪に申し訳なくて…… 値段はスーパーの豚の値段に合わせて出しますんで、良かったら使ってやって下さい」  そう話してる間にスペアリブも焼けて来た。焼肉の時と同じ様に猪と鹿を分けて2人に渡した。脂がのったスペアリブは炭から離れてもプシュッ、プシュッという音を出していた。 「これは美味しいけど、年寄りにはレモンが必要だね」  そう言うと後藤さんはレモンを掛けて食べた。 「この骨の所に引っ付いてる薄い筋が旨いな」  と言って、酒賀は骨の周りの薄い皮の様な物を歯で剥がしながら食べた。 「後、ローストビーフとカレー、鹿と猪の骨で出汁をとったスープがありますから食べて下さい。そろそろカレーもあったまったと思いますので」  そう言うとそれぞれのメニューを2人に渡していると、源三が現れた。 「おはよう、翔ちゃん。今日は肉券使わなくても食べれるの?」 「叔父さん、おはよう。もちろん!念の為沢山作ったけど、やっぱり大分余りそうだし、たっくさん食べてって。何から食べる?」 「そうだなぁ〜 いつも兄貴んとこで食べてるから味は分かってるけど、オススメはなんかある?」 「いつもと違って今日は炭火使ってるから、焼肉系がいいんじゃない?」 「よし、じゃあそれ貰おっか」  翔太は酒賀達に出した様に焼肉の準備をしていると人が1人また1人と近所の人が集まって来た。それを見て少しホッとした様子の翔太だったが、注文に合わせて用意しているとその間にも少しずつ人が増えて来た。  5人を超えた辺りから翔太もいっぱいいっぱいになって来た。その様子を見て、酒賀と後藤さん源三が手伝いに回ったが、そもそもみんな顔見知りばかりだったので、焼肉奉行が出現したり、カレーもセルフでやり出した。そうこうしているとわざわざ家に帰ってビールを持ち込む者も現れた。 「猪ってこんな美味かったっけ?」 「これ幾ら?」 「飲み屋はやらないのか?」  など、色々な質問に答えていると、酒賀がスープを片手に鬼の様な形相で走って来た。 「これっ! ラーメンにしろよっ!」 「あぁ、家ではいつもラーメンにして食べてますけど、今日は人手が足りないといけないと思って…… 」 「それを早く言えっ! 今度食わせてくれ!」  すんなり了解した翔太を見て、酒賀は安心した様に去って行った。  その日は盛況な1日になった。試食会が上手くいった事に安堵した。なんと言っても嬉しかったのはみんなが笑顔で喜んでくれた事だった。中には帰りに肉を買って帰りたいとの要望も多かった。今日まで試食会の事で頭がいっぱいだったので、売物を用意していなかった事にこの時気が付いた。 「とりあえず、殆ど在庫が無いからまた狩に行かないとな…… 」 「なら俺も連れてってくれよ。武蔵が来てから猪も現れ無くなったけど、リベンジしてやらないとな」 「結構キツいですよ。1日中、山を登ったり降ったりで足パンパンになりますよ」 「確かにキツそうだな、やっぱり考えとくわ。  それにしても良かったな。無事上手くいって…… みんな楽しそうだっし」 「昨日まで不安で仕方なかったですけど、やって良かったです。これも店長が勧めてくれたお陰です。ありがとうございます」 「言うだけはタダだからな。旨いもんいっぱい食えたし、あっ、そう、ラーメン忘れずに頼むぞ」 「了解です。出しとるのに時間がかかるんで、早めに言ってもらえば用意します」 「来週休みはいつ入れてたっけ?」 「来週は月、火ですね」 「月曜は俺も休みだから月曜に自宅に行けばいいか?」 「じゃあ昼頃来て下さい。それまでに出汁取っときますんで」  そう言いながら片付けしだすと、残っていた近所の人達も手伝ってくれ、あっという間に撤収出来た。  その日は翔太も嬉しい気持ちで布団に入る事ができた。  
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