進化した遠藤さんとこの店

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進化した遠藤さんとこの店

 とある月曜日、八百万屋の前の駐車場で翔太が酒賀のNSR80に跨っている。それを見守る様に見ている酒賀がいた。  以前翔太の家でラーメンを食べた際に翔太にバイクを乗せる話しをしていたが、それからたまにこうして翔太の教習が行われていた。 「そこでゆっくりクラッチを繋ぐんだよ」 「なかなか難しいですね」  そこに鬼の形相の凛が現れた。 「仕事中に何やってるんですか!しかも店の駐車場で!お客さんぎ来たら危ないじゃないですか!」 「大丈夫、大丈夫、お客さん来ないから、ウチの店はツーリング途中に寄る客が土日に来るか、それ以外はスローライフを満喫中の近所のじーさんばーさんが来るだけだから、さっきも後藤さんが通りかかって[おや、楽しそうだね]なんて言ってたな?」  そう翔太に問いかけたが、翔太は気まずそうな顔をするだけだった。 「どう?凛ちゃんも乗ってみたら?楽しいよ」  そう酒賀に言われ、冷静になってバイクを眺めた。その小さなバイクを見て凛も怒りを忘れた。 「あら、かわいいバイクね。ちょっといい?」  そう言うと、バイクに跨っていた翔太を下ろし凛がバイクに跨った。すると慣れた様子でバイクの性能を確かめる様子で駐車場内を走り回った。ある程度バイクの性能を把握したのか、突然、一瞬前輪を浮かせて見せた。それを見た翔太が驚いた様子で凛に尋ねた。 「えっ凛ちゃんバイク乗れるのっ?」 「乗れるよ。うちはお父さんがオフロードバイクが好きで、よく裏山とか林道とか走りに行くのよ。その影響で私も高校の時に学校の許可貰って免許取ったのよ。この辺りじゃ交通の弁が悪いから許可さえ貰えれば通学で使わせてもらえるでしょ?同級生でもいなかった?」 「僕の周りには居なかったですね。みんな家族の送り迎えか、場合によっては家族ごと町の方に引越してましたね」 「それにしても、すごい乗りこなしてるね」 「車の免許取ってからは乗って無いけど、たまに父親のバイク借りて裏山とか走ってるからね。ただ免許は小型免許だから125ccまでしか乗れないのよね」 「なら、これ乗れるじゃん、ちょっと乗って来たら」  酒賀にそう勧められると、さっきまでの鬼の形相と打って変わって、嬉しそうにそのまま公道に出て行った。 「意外と単純ですね……」 「まぁ人間なんてそんなもんだ……」  八百万屋の店内に入ると翔太がビニール袋に入った緑色の野菜を酒賀に差し出した。 「父親が今年はこの[かつおいらず菜]が沢山出来て、うちだけでは食べきれないから店長にどうだって、出汁が無くても美味しいから[かつおいらす]って呼ばれるそうですけど、要ります?」 「貰える物は貰うに決まってるだろう。でも初めて聞く名前だな。この辺りじゃメジャーな野菜なのか?」 「もともとあったみたいですけど、皆んなが皆んな育ててる物じゃ無いと思いますけど……」 「なら遠藤さんとこの店に並べるか?お客さんも自分とこで育てて無ければ需要もあるだろ」  酒賀に言われ、帰宅後武史に相談すると武史は二つ返事で了解した。翌日武史はその日取れた「かつおいらず」をビニールに入れて10個を店のテーブルに並べて、1枚の紙をテープで貼り付けた。そこには かつおいらず菜 100円 と書かれていた。  夕方になって武史が遠藤さんとこの店を覗くと、テーブルには10個あった筈の「かつおいらず」が1つも残っていなかった。驚いた武史はお客さんが代金を支払う郵便ポストの形をした貯金箱に向かった。遠藤さんとこの店では1000円均一の為、いつもなら1000円札か肉券しか入っていない。その貯金箱を持ち上げた瞬間、中からチャリン、チャリン、とコインが擦れる音がした。  中身を確認すると100円玉が10個入っていた。呆然とその100円玉を眺めて暫くすると武史は八百万屋に向かった。 「店長さん、店長さん、かつおいらず売れたよっ!」 「良かったですね。僕も昨日塩茹でして食べましたけど、何も掛けずにそれだけで美味しかったですからね」 「いやぁー、自分が作った物が売れるって嬉しいもんだね。野菜は食べるか、近所に配るかしか頭に無かったから売るって発想が無かったよ。たった100円だけど、去年取ったタネから育てただけだから、タダで100円が手に入った様なもんだ」 「お父さん、そこは違いますよ。タネを取ったり、撒いたり、育てるのにお父さんの労働がありますからね。田舎の野菜売場を見ると安い物が多いけど、皆んなその労力を度外視してるんですよ。その100円の物を作り出すまでに何時間使ったか、時給で換算したら意外と安い賃金でしか無いかもしれないですよ」 「いい、いい、俺の労働力なんかタダみたいなもんだから。いやぁー、それにしても楽しいもんだ。今日は祝賀会だ。店長さんもうちに来て1杯どうだい?」 「いいんですか?それならお言葉に甘えて行こうかな」  その日店を閉めた酒賀は遠藤家に向かった。遠藤家に到着するとそこには出来上がった武史がいた。 「店長!おんしはいい奴だ。野菜を売りモンに変えちゃうんだからな!魔術師と言っても過言じゃない」 「おんし?」  そこに翔太が割って入った。 「おんしって言うのはこの辺の方言で、お前みたいな意味ですね」 「結構荒っぽい方言だな」 「まぁ正確にはお前でもないし、あなたでも無いですけどね。なんて言ったらいいか分からないですけど、意味で言うと……そうだなぁ、やっぱり[おんし]は[おんし]ですね」 「ふーぅん、よく分からんけど、方言ね。でも最近、方言って無くなって来たよな。何かその地方の文化が失われる様で寂しい気がするな」  そこに武史が泣きながら割って入って来た。 「そうなんだよ。店長、俺たちの代位までは方言使うけど、それでも1歩外に出りゃあ、地元同士の会話でも方言が無くなっちまった。そこにこの過疎化だ、こんな田舎じゃ仕事も無いし、高校に通うのだって、部活の朝練にバスが間に合わないからって家族ごと町に引越しちまう。これじゃあこの町もどんどん廃れる一方だ。店長その魔術で何とかならねーか?」 「ならないですね。でも仕事って言う意味では、今日のお父さんの稼ぎがあるじゃないですか」 「そうそうそれだよ。今日の稼ぎ!他にも売れないかよ?」 「そうですねぇ…… とりあえず、買う側としては、自分の家にない物で、値段相当だと感じれば買うと思いますよ」 「そうかい、それなら明日も他の野菜も置いてみるか」  そんな会話をして、祝賀会は閉じられた。  翌日武史はネギや小松菜など、家に植えていて丁度食べ頃の野菜を収穫し、昨日と同様、遠藤さんとこの店に並べてみた。すると、ネギなど一部は売れ残りがあるものの、多くの野菜が売れていた。武史はその足で八百万屋に向かった。 「店長さん、ネギなんか皆んな植えてると思うだけど誰が買うんかな?」 「どうなんでしょう、普段働いてて野菜育てる暇が無い人とか、丁度収穫が終わったとか、そんなトコですかね」 「そうか、店長さんでも分からないなら仕方ないな。まっ、売れたんだから何も問題ない」  そこに後藤さんが店にやって来た。 「遠藤さんとこの店、野菜まで売り出したんだね?どうだい、うちに今[おかひじき]が沢山出来ててねぇ、それを息子さんとこで置いて貰えんもんやろうか」  その場でそれを聞いた翔太は二つ返事で了解した。    翌日から武史と後藤さんの野菜が遠藤さんとこの店に並ぶ様になった。テーブルには紙が2枚貼られていて、1枚には 遠藤さんとこで採れた野菜 100円均一 もう1枚には 後藤の婆さんとこで採れた新鮮野菜 100円均一 と書かれていた。  後藤さんの新鮮野菜との文句に負けた気がした武史はその翌日から 遠藤さんとこの朝採れ新鮮野菜とうたった。それを見て負けた気がした後藤さんは、翌日から 後藤の婆さんとこのおいしぃー朝採れ新鮮野菜とうたった。その後両者のバトルは挿絵を入れるなど、色々と趣向を凝らしていって、見事なポップと進化していった。  2人のバトルを他所に後藤さんの野菜が置けるのなら私のものも置いて貰えないかと、町の人からの要望により、いつからか遠藤さんとこの店では、町の人の野菜売場となっていった。 「こんな田舎でも、野菜売れるんですね」 「そうだな、意外だな。でも考えてみたら、家で全ての野菜を育ててる訳じゃ無いからな。それにうちは消費税非課税、歩いて行ける距離の地元の為の遠藤さんとこの店だからな」  遠藤さんとこの店でそんな感想を持った酒賀と翔太だった。  
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