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プロローグ
翔太は開いた口が塞がらなかった……
それは先程アルバイト先のコンビニで、店長にアルバイトの凛と一緒にヤードに呼ばれた時の事である。
「2人にはお世話になったが私は転勤する事になった。私がここで働くのは今日で最後だ。今までありがとう」
若い2人は驚いた様子だった。少し沈黙ののち、翔太の方が先に口を開いた。
「コンビニに転勤なんかあるんですか?」
「普通コンビニはフランチャイズだから転勤は無い。だがうちの会社は本社直営なんだ。だからうちの会社の社員に転勤は付き物だ。2人はうちの会社にキューボールと呼ばれる男の話は聞いた事ないか?」
翔太と凛はお互いの顔を見やり、どちらも知らないと顔に出ていた。それを見て年配の店長が言った。
「私も話しを聞いた事があるだけで本当に存在するのかも今までは知らなかった。何でもその男は役員から相当嫌われているそうだ。その為、事ある事に左遷されるらしい。1人が左遷されれば、飛ばされた先の店長は玉突きで飛ばされる。キューボールと言うのはビリヤードで打ち込むあの白い球で、そこからその男はそう呼ばれているそうだ。実はそのキューボールが明日からここの店長だ」
2人共は言葉を失い暫く沈黙が続いた。沈黙を打ち破ったの女の方だった。
「役員からそれだけ嫌われるって、何をしたのかしら?」
「これも本当にあったのかどうかも分からないただの噂話しでしか無いが、何でもこのコロナ禍ですマスクをする様になった女性役員に[今日はマスクを付けてるから一段とキレイですね]と言ったとの事だ」
「それ首にしていいと思います」
「他にも、また違う女性役員が役員同士で飲んだ翌日に顔がむくんでる所を[今日はパンッパンで肌ツヤが良いですね]と言ったなんて話もある」
「やっぱり刑務所に入れるべきですね」
凛は冷静な顔でそう言った。
「とにかく、明日からそのキューボールが来る。どんな男かは分からないが気を付けてやってくれたまえ」
年配の店長はそう言い残して、その店を去って行った。
良く晴れた月曜日、とある田舎町の神社で参拝している男の姿がある。
「本日よりこの土地でお世話になります。酒賀です。今後ともよろしくお願い申し上げます」
酒賀と名乗ったその男は地元の神様にそう挨拶した後、川沿いのなだらかな道を愛車のカプチーノを運転しながらつぶやいた。
「やっぱり田舎はいいなぁ〜 景色はキレイだし、信号は少ない、車も空いてる。出勤ですらいやされるわ」
目的地に着いた酒賀はカプチーノのエンジンを切り、車から降りるとそこには「コンビニエンスストア 八百万屋」と書いた建物がある。
酒賀はそのまま建物に入り、レジ横から中に入る。すると20代くらいの男が作業をしていた。酒賀に気付いたその男は数秒考えた後こう言った。
「ひょっとして今月から来るって言う店長さんですか?」
「そうそう、今日から世話になる酒賀ね。よろしく」
「初めまして、遠藤 翔太って言います。こちらこそよろしくお願いします」
その翔太と名乗った男は奥に向かって大声をかけた。
「凛ちゃーん、新しい店長さんがみえたよー」
奥からこれまた20代くらいの女が現れて
「初めまして、鈴村です。よろしくお願いします」
「初めまして、酒賀です」
挨拶を終えると酒賀は翔太のやっていた作業を手慣れた様子で手伝いだした。一緒に作業をしながらお互いの事を話した。作業も終わり、酒賀と翔太はレジ前でお客を待った。
5分程無言で客を待ちながら酒賀は聞いた。
「この店1日何人位お客さん来るの?」
「殆ど来ないですね」
「素晴らしいな」
「それでいいんですか?」
「それがいいんじゃないか。翔太君」
続けて、都会の店舗では1日中レジマシーンと化す事や、クレームの対応など、都心店舗あるあるを説明した後、田舎の店舗の素晴らしさについても語った。
その日は翔太と凛からこの地域の事やお客さんの事など教えてもらい、その後もゆったりとしたペースで仕事をして1ヶ月程過ぎようとしていた。
ある日、翔太は作業の手を止め
「店長って今どっから通ってるんです?」と聞いた。
「駅裏の辺だな」
「そうか、この辺アパート無いですもんね。ここまで車で20分位ですね」
続けて翔太が
「ウチの父親の実家が空き家になってるんですけど、良かったそこ住みません?家って住まないとどんどん悪くなるから店長さんにどうだって、親が言うんですけど……古い家ですけど、こっから車で5分位だし」
「今のアパートに不満はないけど、せっかくそう言ってくれるなら、一度見てみるか」
そう言った後少し考えた上で
「よしっ!今から見に行くかっ!暇だし」
「仕事中ですけど良いんですか?」
「言ったろ?どうせ客なんか来ないんだから。凛ちゃんも居るし、よしっ!今から行こっ!」
言うや否や酒賀は自分の車に乗り込み、立ち尽くしてる翔太に向かって「早く行くぞー」と声を掛けた。仕方なく翔太は乗り込み道案内をした。
途中から対向車が来たらすれ違う事の出来ない程の細い道をとおり、田んぼの中を通り抜けたその先にその家はあった。そこには、やたらと大きく田舎でよく見る古い木造住宅が建っていた。住んでないと言っていた割にキレイに手入れされている様子だ。
「これ築何年位?」
「よくわからないですけど、おじいちゃんの何代か前だと思うんで、100年位は経ってると思いますよ」
そう聞いて嬉しそうな様子で中に入ると酒賀が声をあげた。
「うぉーーー 土間じゃんっ! それに今時見ない真っ黒で太いこの梁っ!柱っ! 正に古民家じゃんっ!」
その後土間からテレビの置いてある部屋に上がり、観察していると床の真ん中に半畳程の板が畳と同じ高さにあるのを見つけた。
「遠藤さん、まさかのこれは…… 掘りごたつではありませんか?」
「そうですね、この板をとってこたつ置くと掘りごたつになります。その昔はここ囲炉裏だったそうですよ。自分はこの状態しか知らないですけど、父親が昔そんな事言ってました」
「囲炉裏………… 」
魂が抜けた様にそう呟いた。
他の部屋も見て周りながら時折大声を出した。一通り屋内を見終わると外に出た。
「ちょっとっ!何コレっ? まさかの池っ?」
「そうですね、この裏山から湧水引いてるんですよ。田舎あるあるで、昔はタンパク源がないから、ここに鯉飼っててお客さんが来るとその鯉を釣って振る舞うんですよ。僕も昔何度か食べさしてもらいました」
「マジか〜 湧水…… 遠藤さん、 こちらのお物件はおいくらでございましょう?」
普段タメ口の酒賀が媚びる様に敬語を使った。
「ダダで良いって言ってましたよ。古い家ですし、住んでくれれば手入れしなくて済むから、ただ、近所の事もあるからなるべく敷地内の草刈や手入れはして欲しいとの事ですけど」
そう聞いた酒賀は黙りこんだ、少し考えた後お父さん達に挨拶したいと申し出、今日なら家に居ると聞いた酒賀は今から行くと言い出した。
「店戻んなくて良いんですか?」
「大丈夫」
根拠のないその大丈夫という言葉に翔太は呆れながらも、2人はそのまま翔太の家に向かった。
「日頃は翔太君にお世話になっております」
「いやいや、こちらこそ息子がお世話になってます」
翔太がさっきまでのいきさつを説明すると、父親が
「住んでもらえるんなら助かります。ただ夏場は草の手入れ大変ですよ」
「えぇそちらに関してはきっちりさせて頂きます。所で先程翔太君からお値段の話を伺ったんですが……」
「住んでもらえるならお金なんて要らないですよ。私の方としても住んで無いからといってほったらかす訳にいかないので、毎月掃除に行くんですけど、その手間が省けるだけでも大助かりですから」
そう聞いた酒賀は二つ返事でお借りしたいと答え、ダダでは申し訳無いので幾らか支払う旨を伝え、アレコレ相談した結果月1万円という所に話しは落ち着いた。少し場もなごんだ頃に酒賀が言いにくそうに言った。
「あの〜 掘りごたつなんですが、昔は囲炉裏だったってお聴きしたんですけど…… あそこを再度囲炉裏として使う事って可能でしょうか?」
「囲炉裏? あー そうですね。火元だけ気を付けでもらえば、お好きな様に使って下さい。実際あの家に今後住む事もないでしょうし、畑はどうされるかわからないですけど、筍や山菜とかも取れるんで、ご自由にとって下さい」
「ホントですかっ? 囲炉裏にメチャクチャ憧れてて、一度は使ってみたいと思ってたんです。ありがとうございます」
その後も出されたお茶を飲みながら談笑し、日も暮れ始めた頃遠藤家を出た。満面の笑みを浮かべて店に戻ると御立腹な凛が待っていた。
「どんだけサボるんですかっ!」
「ごめんごめん、ちょっと盛り上がっちゃって…… っで、お客さんて何人位来た?」
「まぁ2,3組ですけど……」
「なら良かった。2,3組だったら居ても居なくても一緒だもんな?」
酒賀が翔太に向かってそう言うと、困った様子の翔太をよそに凛がサイテーと言い放ち空を仰いだ。
その日はアパートに帰って1人祝賀会を開いた酒賀だった。
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