その銅像は倒れない

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 戦争と災害で傾いていたその国は、さらに恐ろしい魔物にまで目をつけられた。数々の災難に襲われ、滅亡寸前と言われていたある日、国を建て直すひとりの男が現れる。  彼は圧倒的な力と人望で魔物を打ち倒し、戦争の相手国と和解して平和条約を結び、さらには彼らから奪い取った金銀財宝で国中の施設を一新して、如何なる災害にも耐えうる強固な国をつくりあげた。  王から民草まで、誰もが彼の恩恵に預かり、いつしか男は英雄と呼ばれるようになっていた。  しかし、ここに落とし穴があった。全てを英雄によって救われた国民は、英雄を異様なまでに神聖視するようになってしまったのだ。いつしか彼を表す英雄という言葉は空洞になり、彼は偶像と化した。そして、魔物との戦いの際に負った傷は、まだ癒えていなかったのだ。  傷口から染み込んだ魔物の呪いは英雄を蝕み、彼を恐ろしい獣へと変貌させた。  それでも民は、彼を英雄と呼んだ。彼がいなければ私たちは生きられなかった。そう言って、幼子を育てるのだ。  英雄を崇めるのは正しいことだ。国を救ってくれた者に敬意をはらい、ひれ伏すものまた人間の在り方かもしれない。  だが、それもいつまで続くのだろう。この国は、英雄が現れて国を再建してからわずか百年も満たない間に、本当に滅亡してしまったという。故郷が滅びることを恐れて立ち上がったというのに、自分のせいで国が倒れたら、彼は、英雄は、何を思うだろうか。  答えは分からない。英雄は、魔物にかけられた呪いのせいで最後は発狂死したし、国も既にない。遺っているのは、数年前に無名の男が発掘した国の遺跡だけだ。  ただ、その遺跡の広場には今もまだ──滅びかけた国を一から建て直した英雄の銅像が、倒れることなく、天を指して立ち続けているという。    (完)
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