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兄不孝
「佐久間…さっさと次の仕事を寄越せ」
「これを確認したら、明日の会議の資料に目を通して終わりです」
くそっ…
何だって毎日毎日こんなに仕事があるんだ
駄目だ
集中しろ
「お疲れ様です。本日の仕事はこれで全て終了です」
「そうか。さっさと帰るぞ」
「そんなに急がなくても、結君はちゃんと叶と寝てますよ」
「そういう問題じゃない。気絶したんだぞ?!子供が…気絶するなんて異常だ!」
「ふっ…そうですね。では、行きますか」
「なっ…何がおかしい」
「いえ…いい傾向だなと」
いい傾向?
何がだ
なんでこいつは、いつも通りなんだ
あんな小さいのに…ぐったりして……
「それで?叔父と名乗るんですか?」
運転しながら佐久間が聞いてくる
「……どんなに…俺の身近に居るのがお前達でも……結を置いておけば、そのうち家の者には知られる」
「まあ…そうでしょうね」
「……結を…どうにかすると思うか?」
「思いませんね」
え?
「何故…そう思うんだ?彩仁の子供だぞ?加賀美の血を引いてるんだぞ?」
「……伊織だって気付いてるんだろ?おそらく、加賀美社長は彩仁の事、知ってたはずだ。……加賀美だぞ?すぐに朝比奈に改名出来る訳でもない。名前も顔も知れてるんだ。きっと行方を知ってたんだ」
「……そうかもな」
その方が納得がいく
本当の失踪なら、何度か話が出てもおかしくない
行方が分からないと答えを出してから
全く彩仁の話が出る事はなかった
「見て見ぬふりしてくれたんだろ?お前達が、どういう環境で育って、どんな辛い目に合ったのかは知らないが…加賀美社長や奥様は…俺にお前達と同じ様に接してくれた。働いてからも…部下である俺に、未だに声を掛けてくださる。話の分からない方達ではないと思っている」
「…俺達は、そう思える程…両親と一緒に過ごす時間なんてなかった」
いつも…
彩仁と…
家の者が様子を見てて…
「今なら分かるだろ?見ても見てもやってくる書類に、毎日飽きる程ある会議に、予定を埋め尽くす食事会だの、挨拶だの…奥様は、出来る事だけでも社長の手伝いをしてたんだろ?」
「別に…だから…どうという訳ではない……」
ただ…
何かいつも満たされない様な……
「はぁ…そういうのは、恋人でも作ってやってくれ」
「…?そういうのとは何だ?」
「ツンデレだよ。俺にデレられても困る」
「…意味が分からんな。恋人だと?これ以上俺を忙しくさせて楽しいか?」
「ああ…まあ恋愛は無理か。茶飲み友達でも作れよ」
「…そんなの…作れる訳ないだろ」
「ふっ…加賀美の副社長の茶飲み友達。できたらいいな?」
「笑ってろ」
「如月、変わりなかったか?結君は、眠れてるか?」
「ああ…なんだか、ずっとぼ~っとしてたから、ご飯も風呂も諦めて、薬だけ飲ませて寝せたよ」
「なっ…?!あんなにぼ~っとしてたのに、薬も飲ませた?!ちゃんと目覚めるのか?!」
「薬飲む頃には、だいぶしっかりしてたよ。だから、悪夢見て眠れなかったら可哀想だろ?」
「それは…そうだが……」
いつも通り、叶に引っ付いて眠っている
「…何かしてたり…何か見たりしてた時なのか?」
「いや...九条と食堂に向かう途中だったらしい。エレベーターホールだった」
「彩仁が亡くなった時の状況で…何か連想させるものは?」
「調べた情報の中にはない。外は見えなかったし、雨も降っていなかった。たまたまその時見た物や人なのかもしれないし、音や言葉や匂いかもしれないし…分からないな」
「はぁ…調べたら、何か手掛かりが掴めるかと思ったが……」
食堂へ向かう途中…
エレベーター…
全然分からないな
結の元へと行く
「結…何が怖いんだ?」
叶の胸にうずくまり、両手にはしっかりと、俺があげたポケットチーフが握られている
自分の胸ポケットから、ポケットチーフを取り出す
緩く握られた結の手の隙間辺りに置くと
ぎゅっと握った
「そんな物の何がいいんだ?」
そう言って見てると
微かに笑った
こんなの…
幼い頃から見て…
一緒に空?田んぼ?見て
どんな料理なんだか作ってやって
そんなの…
離れたくなかったに違いない
「…なんで…そんなに早く逝ったんだ……」
こうなる前に
会って話すべきだった
いくらでもチャンスはあった
そしたら…この子だって
安心して俺の元に来れた
「俺が…悪いな…」
彩仁からは…
あの手紙が精一杯だったんだ
俺が…動かない限り…
彩仁はどうする事も出来なかったんだ
どう思っていただろう
手紙の返信すらしない俺の事を…
なのに
結には大切な人だと
俺に会いに行けと
理由もないまま遠ざけたのに
せっかく送った手紙に返信もしないのに
なんで
俺の元へ行けなんて言ったんだろう
どこかで
信用なんてものをしてくれてたのか
「溺愛してた双子の弟に、思い当たる理由もなく疎遠にされてたとはな」
いつまで、そう思ってくれてたのか…
俺が勝手に離れただけで
彩仁は変わってなかったのかもしれない
そうだとしたら…
「佐久間…」
「はい?」
「俺は…随分兄不孝だったのかもな」
「まあ…私も同罪の様なものです。ですから、借りを返すお手伝いなら、なんなりと」
「…いつでもいい。空いてる日に…結と…彩仁に会いに行く」
「…畏まりました」
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