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あまりに絵を描くことに熱中していたらしい。カウンター後ろの柱に掛けられた木彫りの鳩時計の鳩が勢い良く飛び出してきた。愛らしい声で何度も鳴いている。
「え! もうお昼? 早い!」
ペンを置いて、鳩時計を見上げた。ちょうど針は二本とも真ん中の十二を指していた。カウンターの上を片付けて窓の外を伺う。
「青ちゃんも春一も遅いなぁ……あ!」
呟いた瞬間、ビニール袋を両手に提げて帰って来た春一を見つけた。シャランシャランとベルを鳴らして、春一は「たっだいまー」と元気良く店の中に入って来た。
「おかえり……それお昼の材料?」
「そう」
カウンター横の階段前で春一は数個の袋を一旦置き、靴を脱ぎ始めた。
「何処まで行ってきたの?」
「え? 海」
さらりと答える春一に驚いてしまう。
「海⁉︎」
「何そんなびっくりしてんの? すぐそこじゃん。なずなも行きたかったの?」
脱いだ靴をとりあえず寄せて、春一は階段を昇り始めるから、小窓を開けて後ろ姿に声をかけた。
「そりゃ行きたいけど……あ! それより、パスタ! 作れるの?」
「任しとけ! ついでにマーメイドでパスタオイル買ってきた」
親指を立てて自慢げに笑うと、鼻歌を歌いながら春一は颯爽と三階へと登って行く。
「あ! 春一っ! 家用の玄関、二階にあるからね、あんまり荷物持ってお店に入って来ないでー。青ちゃんに怒られちゃう」
上まで届くように大きめの声で伝えると、すでに三階まで到着しているのか、春一の「オッケー」と言う声が遠く聞こえてきた。
小窓を閉めてお店に向き直ると、描き終わった絵を手に取り眺めた。
「うん、上出来」
自分で絵を誉めると、空いていた大きめの写真立ての中に入れて飾った。
ふと、隣に置いてあった花の木箱が目に入る。昨日の事を思い出してため息をついた。もう一度箱を開けてみるが、やっぱり中身は何も入っていなかった。木箱のオルゴール。だけど、オルゴールとは名ばかりで、まだ音はなんにも入っていない。
木箱をカウンターに戻すと、お店の入り口の鍵を閉めて、カーテンを引いた。そして、窓枠に、“準備中”と書かれた青ちゃん手製の板を 立て掛けた。
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