第三章 春一の事情

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 “山内 光夜”  名刺でも何でもない薄いイエローのメモ帳。名前の他に電話番号も添えられていた。とりあえずその紙を元の小さなポケットにしまうと、三階に戻った。 「あ、なずなおせーよ! パスタ冷めちまうだろうが」 「ごめん」  素直に謝ってパスタを食べ始める。山内光夜。昨日の挙動不審男を思い出す。頭の中でぐるぐると名前と姿が回っている。 「……あ!」  残りのパスタを急いで食べると、「ごちそうさま!」とお皿を流しに置いて席を立った。部屋に戻り、クローゼットの奥にしまいこんでいたはずの卒業アルバムがどこだったか探す。 「あった……」  実家から千冬との思い出はすべて持って来ていたから、アルバムも一緒に箱の中に入っていた。ローテーブルに広げて開くと、ゆっくりとページを捲る。組ごとに分かれた生徒一人一人の写真。同じクラスに、確かいたはずだ。小さくて坊主頭の恥ずかしがり屋だった“山内光夜”くん。あたしは指で写真を追いながら、名前を探す。そして、ようやく指が止まる。 「……いた」  一気に気が抜けてしまって、正座をしていた足を崩した。小学校の頃の光夜くんのイメージしかないあたしに、昨日の彼を結びつけるのには無理があった。 「かなり変わっちゃった……こんなにちっちゃくていつも照れていたのに」  あの時の挙動不審な姿を思い出すと、照れ屋はそのままなのかもと、なんだか少しだけ嬉しくなるけれど。 「なずなー! 店!」  一階から青ちゃんの声が聞こえてきて、慌ててアルバムを抱えて部屋を出た。
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