第四章 手がかりは

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『え? 帰って来る?』  駅のホームで椅子に座り、ボストンバック一つを足元に置いて通話をしていた。  久しぶりに降り立った地元の駅は、東京とは違って草木の香りが混じった、少しだけ湿度のこもった暑さを感じた。  日陰に時折吹く風がひんやりと心地いい。スマホの向こうの相手は、幼い頃からお世話になっている北原青さんだ。 『お前仕事してんのか? 辞めてくるのか?』 「……すいません。帰ったら話すんで。それで、お願いがあるんですけど……少しの間、青さんとこに、置いてもらえないですか?」 『え?』 「ちょっと仕事で行き詰まっちゃって……そっちで、休みたいんですよ」  はぁ、と思わずため息が溢れてしまう。誰もいないホームは、地元に帰ってきた安心感と共に、孤独を感じて寂しくなった。 『まぁ、別にいいけど。今、うちになずなも一緒に住んでるから。手は出すなよ』  青さんから出た懐かしい名前になんだか気持ちが軽くなる。なずなに会うのは何年ぶりだろうか。 「ははっ、大丈夫です。あいつと俺はただの幼馴染みですから」  幼稚園から中学までずっと一緒だった。会えば嬉しいし話せば楽しいし、俺がこっちにいた時に気を許せた友達は、なずなだけだった気もする。幼馴染み。そう言って終えばそれまで。あの頃の俺にしたら初恋の相手だったかもしれない。だけど、なずなとはそれ以上は望まない。俺にとっては大切な存在だから。  少しの沈黙の後、青さんがまっすぐに言う。 『あと、俺にはちゃんと話せよ。戻って来る理由を』  真剣な口調にためらってしまうけれど、「……はい」とため息混じりに答えた。  小さい頃から俺の存在を知ってくれている青さん。何かあれば必ず守ってくれたし、両親がいなくてじいちゃんだけしかいなかった俺は、陰湿な雰囲気を纏っていていじめられる事も度々あった。だけど、その度に青さんやなずなが助けてくれた。  だから今回もつい、頼りたくなった。情けないのは分かっている。何度も、何度も何度も、自分でどうにかしようとした。  だけど……もう、限界だった。  気持ちが安らげる場所を求めていたら、ここへ辿り着いたんだ。  久しぶりの故郷は変わらずに自然に囲まれていて、気を緩めると涙が湧き上がってきそうになるから、グッと我慢した。  じいちゃんと住んでいた家はもうなくなってしまったけれど、小学校の横の坂を上っていくと、青さんのお店は変わらずにそこにあった。  シャランシャランと涼しげなベルの音と共に、懐かしい匂いと、見慣れたなずなの姿に、堪えていた涙が、溢れそうになった。
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