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第五章 写真
部屋の中は夕陽に照らされて、忙しないミンミン蝉からヒグラシの声へと変わっていた。いつの間にかあたしも春一も、眠っていたらしい。
上半身を起こしてグッと両腕を上げて伸びをすると、隣にいる春一に視線を下げた。
まだ起きる気配がなくて、部屋の中に半分差し込む夕陽にキラキラと閉じた目の端が煌めいているのに気がついた。ゆっくりと寝返りを打った瞬間、一筋の雫が流れ落ちた。
「…………春一?」
泣いてる? 悲しい夢でも見ているんだろうか。
春一がどうして泣いているのかが分からなくて、あたしはただ、春一の寝顔を見ているしかなかった。
起こさないように静かに部屋を出ると、お店へと階段を下りていく。薄暗くなった店内、奥の部屋ではまだ青ちゃんが作業しているようで、あたしは声をかけることなく足を進めた。入り口のドアを施錠してカーテンを閉めようとしたその時、外に人影を見つけた。仕事を終えて帰ってきた姉が二階の玄関に向かうのが見えて声をかけた。
「お姉ちゃん! お帰りなさい」
「あ! なずな。ただいまぁ」
すぐに気がついて手を振ってくれるから、お店の戸締まりを確認すると、あたしは急いで二階に上がって行く。
「ねぇ、お姉ちゃん! 聞きたいことがあるの」
玄関のドアをようやく閉めて、まだ靴もきちんと脱いでいない姉を急かすように言った。
「山内光夜って人知ってる?」
「え? 誰?」
重たそうに両肩にカバンをかけて持つ姉に、リビングに向かいながらついて行く。
「お姉ちゃんのカバンに入っていた紙に書いてあった名前が、あたしの同級生と同じで、今探してるの」
「カバンに紙?」
考え込むようにして姉は悩んだ末、「あ!」と、思い出したようにカバンのポケットから紙を取り出した。
「もしかして、これのこと?」
姉の手には、あたしが見たのと同じ紙があった。
「そうそう! それ!」
リビングの端に荷物を下ろすと、ホッとしたようにソファーに座り、姉が話始めた。
「この子は、ちょっと前の撮影で知り合ったの。カメラアシスタントしてるって言っててね、あたし、その子の置いていたファイルを落としちゃって……」
あたしはうんうんと相づちを打ちながら、ソファーの隣に座って話に食いつく。
「そこにあった写真がね、すーっごくいい写真だったの。で、あたしって興味持ったら即行動でしょ? すぐに彼に話しかけて、連絡先交換したの」
「へぇー」
ため息に似た深い返事が出てしまう。光夜くんの写真がきっかけで知り合いになったんだ。
「あ、そう言えば、明日また撮影見学しに来るって言ってたよ。なずなも来ればいいんじゃない?」
「いいの?!」
「もちろん。朝早いけどね」
「……な、何時?」
姉が仕事で毎朝かなり早く出ていくことは知っている。だけど、大抵あたしが起きた時には姿がないから、ここ数年「おはよう」は言えていない。
「五時に出れば間に合うかな」
「ごっ…五時!?」
早い……でも、これはチャンスだし行かない理由もない。
「分かった! 行く!」
意を決して言うと、「オッケー、じゃあ明日ね」と姉はウキウキしてリビングを出ていった。ソファーの上で膝を抱えて座った。
良かった。千冬のオルゴール、取り戻せるかもしれない。本当に、良かった。
安心するのと同時に嬉しくなった。
ソファーから立ち上がると、春一にも知らせなくちゃと春一の部屋に向かった。
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