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外はすっかり暗くなっていて、春一の部屋には明かりがついていた。ノックをしようとして、手が止まる。さっき見た涙を思い出して、少し心配になった。
きっと怖い夢でも見たんだろうと、あまり気にしないことにして、ゆっくりノックをする。
「あーい?」と間の抜けた返事が返ってきたから、心配もどこかに飛んでいってしまった。思わず脱力してしまって、心置きなくドアを開けた。
「おぅ、なずな。さっき寝てたな、俺」
「うん、あたしまで一緒になって寝てたんだよ」
「まじ?」
春一が笑っているから、ホッとして目の前に座った。そして、さっきの話をする。
「今お姉ちゃんが帰って来てね、光夜くんのこと聞いたら、明日お姉ちゃんの撮影見学に来るらしいって。春一も一緒に行こうよ!」
「おぅ、まじか。光夜に会えるんだ! すげぇ。で、何時にどこ?」
「五時に東京のスタジオ。お姉ちゃんが一緒に連れてってくれるって」
「五時ね。オッケー」
すんなり了承する春一に、あたしはもしかして、いや、絶対夕方の五時だと思っている気がするから、付け足した。
「朝のね」
笑顔のあたしに、案の定春一は驚いた様に目を見開く。
「朝ぁ?! 早えぇぇ……起こせよ、なずな!」
「……わ、分かった!」
不安な返事で頷いて、あたしは春一の部屋を出た。
木箱がまだ光夜くんの手にあることを願って、明日が待ち遠しくなる。
喉が乾いたと思ってキッチンへ足を向けると、何やら物音が聞こえてくる。
「あれ? 何してんの? お姉ちゃん」
そこには、普段絶対に料理をしない姉が一生懸命におにぎりを握っている姿があった。
「あ、なずな。青ご飯食べてないでしょ? 夢中になりすぎると我を忘れちゃうから、夕飯作ってあげてるの。まぁ、こんなものしか出来ないけどね」
照れながらも姉は歪なおにぎりにのりを巻く。
「……お姉ちゃんかわいい!」
「え?!」
あたしの叫ふと、びっくりしてから姉は笑った。
あたしと春一の分も作ってくれたみたいで、お皿にそれぞれ並べてくれた。決して形は良くはないけれど、姉の愛情たっぷりだ。
「そうだ、なずな! リビングに光夜くんの写真置いといたから、見てみな。この前借りてたの持ってきたんだー、モデルの子の表情がすごくいいから」
青ちゃん用のおにぎりのお皿にラップをかけて、姉は階段を下りていった。
あたしは言われた通りにリビングに行き、持ってきたおにぎりの皿を置いて、テーブルの上のファイルに手を伸ばした。黒の表紙のファイルには「KOUYA」と筆記体で書かれていて、少し重たい。ページをめくると、一面青に白い入道雲、吸い込まれそうなほどに美しい空の写真が目に入ってきた。
「わぁ……きれい」
胸を高鳴らせて次々とページを捲る。夕暮れや新緑、海、どれも自然をそのまま写し込んでいて、風景画を描く事が好きなあたしは、どんどん光夜くんの写真に引き込まれていった。
『モデルの子の表情がすごくいいから』
ふと、姉の言葉を思い出す。今のところ、まだ人物は出てきていない。
半分を過ぎた所まで見たあたしは、次のページを開いた瞬間、全身が固まったように動けなくなった。
開いたページには、優しい顔で笑う女の人が写っていた。肩の所で切り揃えられた髪の毛は染めていない様に見える黒髪で、前髪は眉毛より少し上で短め。色白であごのラインがシャープだから、この人が細身であることを証明している。メイクはほとんどしていないにも関わらず、透明感のある色白の肌にほんのり色づいたピンク色の頬と唇がとても愛らしい。
「…………千冬……?」
直感でそう感じてしまった。この人は千冬ではないかと、思ってしまう。大人びて、小さい頃の面影は薄れてはいるけれど、あたしの記憶が、心が、やけにざわつく気がする。
次のページからはまた風景の写真が並んでいて、女の人の写真は二枚だけだった。
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