第二章 ここにいるわけ

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第二章 ここにいるわけ

お店は十八時には閉店する。表の立て看板を店内に入れて、窓枠に置いてあった「open」の置物を「close」にひっくり返した。外はまだ明るくて、半分薄暗い紫色。遠くの空に、一番星が輝いていた。 「春一くんいつ帰って来たのぉ? めっちゃ懐かしいっ!」    二階から威勢の良い姉の声が聞こえてきた。  店の入り口のドアに鍵をかけてカーテンを閉めると、二階に上がって行く。 「今日です! でもマジ、びっくりするほど変わんないですねー! アゲハさん。相変わらず綺麗だし」 「やぁだぁ! もう三十二よ。だいぶ体力が……なんてっ」  賑やかに笑いが絶えないリビングに重い足取りで入って行って、ソファーに座った。 「ご飯どーする? 今日は春一くんの歓迎会って事で何かとろうか?」 「えー! いいんですか? 感激ですー!」 「なずなはー? マーメイドのピザでいい?」  振り返った姉は不機嫌なあたしを見越して、好物の「マーメイドのシーフードピザ」を選んでくれた。我が姉ながら、とても優しくて気が利くので、いつも頭が上がらない。  十代の頃からモデルをしていて、三十歳になったのをきっかけにカメラマンへと職を移し、今じゃ新人モデルさえもプロ並みに写してしまう技量を持っていて、各界から注目されている。業界の中では、女性カメラマン〝アゲハ”として、名が通っている。  どうして同じ姉妹でこうも違うのか。姉はあたしの誇りだ。 「なずな、知らない男と住むわけじゃないんだし、春一くんなら安心じゃない」 「やだよ、知ってるから尚更やだ」  子供みたいに反発して、クッションで顔を伏せる。 「そっか、そーだよね。なずな、春一くんの事好きだったもんね」  ビール缶片手に優しく頭を撫でてくる姉の言葉に顔を上げて、一瞬で固まった。 「けどね、これはチャンスよ! 頑張って、なずな! お姉ちゃん応援するから! ゴーゴー!」  春一に聞かれないようにか、小声でそう言いながら片手を天井に向けて伸ばすと、姉は「ビールもう一缶もらってこよっ」と、スキップで廊下に出て行ってしまった。  お姉ちゃん……? あれは何かとてつもない勘違いをしている気がする。  陽気な姉の後ろ姿に絶望する。そして、ソファーの上でますます膝を抱え込んで小さくなった。
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