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「タラリラタラリラリーラーリー」  与えられた仕事を終え、ボクは歌う。ボクの歌を聴いた美佐子さんが、パタパタ、スリッパの音を響かせ駆けてきた。さっきのボクの歌を、鼻歌で歌いながら。それから美佐子さんは、ボクの蓋をやさしく開けた。炊き上がったお米をしゃもじでかき混ぜ、おひつによそってくれる。炊き立てのご飯をかき混ぜられると、ほかほかふわふわ、気持ちが良い。釜と内蓋を洗い、ボクの火照った体を清潔な布巾で拭き上げ労ってくれる美佐子さん。炊飯器のボクにとって、一日の中で一番嬉しく、誇らしい時間だ。  そんな、ある日のこと。ボクの歌を聴いて、いつものように、美佐子さんがパタパタと駆けてきた。ボクはご飯をかき混ぜてもらえる時を待った。なのに。美佐子さんはボクの前で一度立ち止まったかと思いきや、そのまま奥の寝室へと引っ込んでしまった。これはどういうことだろう。ボクはただ『保温』ランプを点灯させたまま、かっかと体を熱くして待つほかなかった。 「美佐子さん、どうしちゃったのかしらねぇ」  でっぷり大きな冷蔵庫おばさんが心配そうにつぶやく。 「体調不良でしょうか?」  今度はアイランドキッチンの奥、リビングにいる物知りテレビくんの声。いつもなら夕方のニュース番組をつけている時間だけど、テレビくんの画面は真っ暗なままだ。  カシャン。ガチャッ。  玄関のドアが開く音がした。この部屋に住むもう一人の人間、勝さんが帰って来たのだ。いつもなら真っ先にリビングにやってくる勝さんの足音は、真っ先に寝室へ向かった。それから間もなく二人分の足音がして、玄関のドアが閉まる音。人の気配がなくなり暗くなった部屋に、取り残されたボクたち。  その日を境に、美佐子さんはいなくなってしまった。
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