4

1/1

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

4

 またしても、美佐子さんはいなくなってしまった。  ボクたちの、特にボクの落ち込みようといったらない。今回美佐子さんは、ボクたちを綺麗に拭き上げ、冷蔵庫おばさんの中身をほとんど空っぽにしていなくなった。今度こそ、もう戻って来ないつもりなのかもしれない。 「美佐子さん、病気かな……」 「でも、体調が悪いようには見えなかったわよね」 「勝さんが何か酷いことをしたのでは?」 「もぉ~! 勝さんったら!」  口々に、勝さんを責めるみんな。でも、みんなはいい。勝さんだけでも使ってもらえる。勝さんはだいたい四角い箱を買ってきて食べるから、炊飯器のボクは美佐子さんがいないと、使ってさえもらえない……。家電は捨てられたら『スクラップ』されて別の家電に生まれ変わると、ずっと前に、テレビくんが教えてくれたことがある。  ボク、捨てられてしまったらどうしよう……。  みんな励ましてくれるけど、不安は消えない。もう何日経っただろう。ほかほかのご飯を炊き上げる感覚を、それを混ぜてもらう高揚感を、思い出しては切なくなる。使ってもらう幸せが、もう遠い昔のことのように思えた。  家電じゅうが暗い雰囲気に包まれた、ある夜。  テレビくんのいる台の隅から、しわしわのかすれ声がした。 「そこの若いの。時間を数え間違うといかんから今まで黙っておったが、ちょいとわしの話をお聞きなさい」  声の主は、目覚まし時計だった。 「わしは、小学五年生になった勝の目覚まし時計として、勝のもとへやってきたんじゃ。勝は寝起きの悪いヤツでのう。大きな声で歌って起こすわしも、毎朝苦労したものよ。皆も知っての通り、勝は雑で、だらしない。でもなぁ、根は優しくて、愛情深いヤツなんじゃ。実はな、わしは一度壊れたことがある。今はスマートフォンっちゅうので時間がわかるし、目覚ましにもできよう。わしもとうとうここまでか、と覚悟した……」  チクタク鳴っていた時計の音が止んだ。 「捨てられると持って行かれた先は時計屋じゃった。店員から修理をするより買ったほうが安いと言われたのに、それでもわしを修理に出してくれた。また、わしに命をくれたんじゃ……。今は目覚ましの役割もしておらんにも関わらず、な。勝は家電だって人間だって、無下にはせんよ。美佐子どのがしょんぼりしているときは肩を抱き、歌うときは一緒に歌い。近頃では二人とも太って、お腹を撫で合って。互いが互いを大事にしとるのが、わしにはわかる。テレビにリモコンがあるように、炊飯器に釜があるように、冷蔵庫や電子レンジに扉があるように。勝と美佐子どのも、そんな存在なんじゃ。大丈夫。わしらは、信じて待とう」  ボクらは、勝さんと美佐子さんのこれまでを思い返す。靴下はそのへんに脱ぎっぱなし、ビールの缶も飲んだらそのままテーブルに置きっぱなしで度々怒られる勝さん。怒ると寝室に立てこもる美佐子さん。なんとか一生懸命謝り倒し、翌日はせっせと食器洗いをする勝さん。気付いたら二人仲良くソファに座っている二人……。  目覚まし時計じいさんの話を聞いたボクたちは、信じて待つことにした。美佐子さんが帰ってくる日を。勝さんと美佐子さんと、みんなでまた、一緒に暮らす日を。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加