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「へえ、これがきみの新しい家かい」  引っ越しを手伝いに来てくれた学生時代の友人が、大した感動も感慨もなく、目の前の建物を見上げて言った。  彼の視線に釣られるように、ジェイミーもこれから暮らす家を見上げる。  白い石造りの、七階建ての古いアパルトマン。  周りには、同じような石造りやレンガ造りの建物がひしめき合うように建てられている。この辺りの建物は総じて古く、築百年なんてのもめずらしくない。建物の高さや屋根の傾斜までが統一された古い街並みは、独特の情緒があった。  ジェイミーは一目でこの街を気に入った。縁もゆかりもない場所だが、新しく人生を始めるなら、この街がいい。けれど目の前の友人は「古くて陰気な家だな」と思っているだろう表情を隠そうともしない。 「何とでも言ってくれ、リーアム。僕は気に入っているんだからいいのさ」 「僕まだ何も言ってないけど」 「きみが何を考えているかくらいわかるさ」  被害妄想だね、とゆるゆると笑みを浮かべたリーアムは、家主より先に建物の中に入っていった。  七階建ての三階部分にジェイミーの部屋はある。  天井が高く、バルコニーのついた二ベッドルームの部屋だ。  部屋の中をあちこち見回したリーアムが意外そうに「中はまあまあ綺麗じゃないか」と呟いた。  建物は古いが、中はあちこち手が入れられていた。キッチンなどの水回りは最新の設備になっている。そうかと思えばヘリンボーン張りの床や暖炉、バルコニーの凝った鉄細工は建築当時のままだ。このバルコニーから臨む街並みも、ジェイミーは気に入っている。 「それで? 片付けを手伝えって言うから来たけど、何をどうすれば?」  部屋の中は空っぽだ。備え付けの本棚などはあるようだが、中身はない。  ジェイミーは「荷物は全部この中さ」と、傍らに置いたトランクを指す。  ジェイミーが学生時代から愛用している古いトランクだ。リーアムだって〈非魔法使い(ふつうの人間)〉のように引っ越しのトラックがやってくるとは思っていないけれど、これには不思議そうしている。  これは少しばかり改良してあるのだ。「見てて」とジェイミーは得意げに言った。  人差し指の先で、トランクをコツコツと軽く叩く。それを合図にバタンッと大きな音を立ててトランクが開いた。そしてひとりでに荷物が飛び出してくる。リーアムの澄ました顔が驚愕に満ちて、ジェイミーはにんまりとした。  荷物は出てくる。どんどん出てくる。  ぴゅん、ひゅん、と勢いよく飛び出した荷物は鈍い音を立てて床に着地した。お気に入りのダイニングテーブル。猫足のバスタブ。アンティークのひとり掛けのシェルソファに、たくさんの衣装ケース。  キッチンと一続きになったリビングは広々としていたはずだが、次々出てくる荷物に浸食され、ヘリンボーンの床が見えなくなっていく。 「これ、いつまで出てくるんだい」  リーアムが普段は穏やかな表情を引きつらせて言った。  しかしそれはジェイミーにもわからない。  ふたりはどんどん部屋の隅に追いやられ、そろそろちょっとマズいかな? と思ったそのとき、飛び出してきたピローケースがリーアムの顔面に当たった。ジェイミーの顔の横を、曾祖父の肖像画が掠める。いつぞや夢中になって集めていたガラクタたち。引越しの荷物とは関係のない物まで、ぽんぽんと飛び出してくる。 「ジェイミー止めてくれ!」  祖母の趣味であるパッチワーククッションにまみれたリーアムが叫ぶ。 「えーっと、どうやって止めるんだっけ」 「ジェイミー!」  リーアムに怒鳴られ、ああ、そうそう、と手を打ち鳴らす。その瞬間、ぴたりと荷物の襲撃は止んだ。  ふたりしてほっと息を吐いた直後、キンコーン、と不思議な音が部屋の中に響く。それがドアの玄関ブザーの音だと気付くのにしばらくかかった。
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